気持ち
文化祭が終わった1週間後、優斗と会う約束をした。
優斗から「アキラ君と一緒に来ていいか」という連絡が来たので、おれは「いいよ」と返信した。
アキラに蹴られた時の記憶がまだ残っている。
少し緊張したが、アキラの方がもっと緊張しているだろう。
バス停まで迎えに行くと、優斗とアキラが立っていた。
「健人…」とアキラがこわばった表情で言った。やはり、緊張している。何か言いたそうだったが「ここじゃなく、部屋でゆっくり話そう」と言い、一緒に歩き出した。
2人を招き入れ、お茶をいれようとキッチンへ行こうとしたが、アキラが「ちょっと待ってくれ」と呼び止めた。
「すごい本の数だな」
「ああ、ごめんな。散らかっていて」
「健人って読書家だったのか?そんなに本を読んでた感じしなかったけど」
「一人になってから読み始めた」
一人、という言葉にアキラは反応した。
「一人か。そうか。お前はこの本で自分の心を守っていたのか」
そう言うとアキラは立ったまま「ごめん!」と大声で言った。
「あの時、助けられなくて本当にごめん。それどころかいじめに加担するようなことまでしてしまって。優斗から一緒に謝りに行こうって言われた時も怖くて行けなかった。でも、優斗から説得されて来た。優斗のことは許したみたいだけど、おれのことは許してないよな。おれはお前を蹴ったりしたから…」
「アキラはおれが本当に川上さんを傷つけたと思っていたのか?」
アキラは少し、ためらったが何かを決心したように言った。
「ああ、思っていた。実はおれ、川上さんのこと好きだったんだ。かわいかったし、性格も良いと思っていた。嘘をつくような人間じゃないと思ったんだ。それで、腹が立って。健人を蹴ったのは命令されてやったことだけど、正直、健人に対して怒っていた。馬鹿だよな…。普段の健人を見ていたら、そんなことしないやつだってことわかっていたのにな。少しだけでもいいから冷静になるべきだったんだ。高校でおれは川上さんと一緒のクラスになり、そこで川上さんの本性がわかったんだ。その日から、ずっと後悔している。積み上げてきた友情ではなくて、嘘を信じてしまった」
優斗がうつむいてアキラの話を聞いている。
「健人、おれのことは許さなくっていい。怒鳴ってもいい。ここで殴ってくれてもいい。健人の好きなようにしてくれ」
そう言ってアキラは目をつぶった。
アキラはそういう奴だ。昔から責任感が強いやつだった。本来のアキラならいじめになんか加担しなかったはずだ。
「アキラ。目を開けてくれ。おれはお前を殴ったりしない。そして、嫌いにもなれない」
アキラは目を開け驚いたように言った。
「どうしてだよ。それ本心から言っているのか?無理して言っているんならやめてくれ。もっと辛くなる」
「無理はしていない。正直、あの事件の関係者で許せないやつらはたくさんいる。両親や教師は正直、今でも許していない。でも、優斗とアキラのことは嫌いにはなれない。大好きだった親友を嫌いになるって難しいよ」
「でも、おれは実際に健人に手を出しだんだ」
「ためらっていただろ。罪悪感があるのが蹴られていてわかった。お前も辛かっただろ。色々な気持ちの間で揺れていたんだろ。だから、お前を許す。だから、また友達になってくれ。つぐないの気持ちがあるならな。アキラ、言ったよな。積み上げてきた友情って。あの事件で一度は壊れたけど、また積みなおせばいい」
「健人、ありがとう。本当にありがとう」
そう言うとアキラは座り込んで泣き出した。優斗も泣きそうな顔をしている。
「もう、泣くなって。お茶いれるから。紅茶でいいよな。適当にお菓子も持ってくる」
そう言いながら、おれはキッチンへと行った。
しばらくはぎこちない雰囲気だったがおれが話しかける内に、だんだん2人も緊張がほぐれてきたようだった。
「川上さんが死んだことで、全てがわかって、お前に対してやったことを後悔している奴らがたくさんいるんだ。もう、それを言っても仕方ないけどな」
「でも、それを聞いて少し気持ちが楽になったよ。ずっと誤解されたままじゃ、おれもきついからな。死で解決したというのが悲しいけど。憎んだやつだけど、生きて償ってほしかった。高校を卒業する前に2人に会えて本当に良かったよ。おれ、卒業したら福岡に行く予定だから」
「そうなの」と優斗が驚きの声をあげ「やっと友達に戻れたのに、また離れ離れだね」と肩を落として言った。
「でも、今度は心がつながっているよな。2人は進路どうするんだ?優斗は医者になりたいって言ってたよな。
「うん、今、猛勉強してるよ」
「アキラは?」
「おれは教師になろうと思っている」
「そうなのか?」
「ああ、実はあの事件がきっかけなんだ。おれには、あの時の教師を責める権利はないけど、教師がもっと公平にものを見ていたら防げたかもしれないって思ってな。そういう教師になりたいと思ったんだ」
「アキラが先生ってちょっと変な気がするな」
「なんだよ。それ」
一気に場の雰囲気が明るくなった。
「健人が大学生になったら、またもてるだろうな。やっぱ顔が良いって得だよなあ」と昔のようにアキラが言った。本来のアキラが戻ってきたようだ。
「健人君…」
「だから、もう君がつけるなって」
「じゃあ、健人…。もう好きな人いるんじゃない?僕が行った時、同じ部屋に居た女子生徒。違ったら申し訳ないけど、仲が良い感じしたし、そんな雰囲気だったから」
「さすが、優斗は勘がするどいな」
「え、じゃあ付き合っているのか」とアキラが言った。
「付き合ってはないよ。ただ、理央は事件も含めておれのことを知っている。おれが事件の犯人ではない、ということも信じてくれた。理央と2人で色々なことを経験して一緒に強くなれた。もし、理央がいてくれなかったら、おれの心はどうなっていたかわからない」
「付き合ってないってことは、告白していないのか」
「していない」
「どうしてだよ。お前だったら絶対に成功するよ。自分に自信を持てよ」
優斗も隣で大きくうなずいてる。
「いつか読んだ本でな、こういう話があったんだ。少女がクラスメイトの少年に恋をする。そして、告白するが、いきなり、そう言われた少年が戸惑い、告白を断ってしまう。それで気まずい関係になり、友達ですらなくなってしまうんだ。そうなってしまうんじゃないかというのが怖い」
「そうか。気持ちはわかるような気がするけど…。あんなに色んな女子から告白された健人が本当の恋には、奥手なんだな」
「まあ、そうなのかもな」
「健人が好きな幸せな女の子は、お前のことどう思っている感じなんだ」
「知らねえよ。まあ、嫌いではないとは思うけどな」
「もう一度言うけど、早く告白しろよ。大丈夫だよ。お前なら」
「そうだよ。福岡に行く前にしたほうがいいよ」
2人は身を乗り出して言った。
「健人、お前には幸せになってほしいんだよ。おれ、なんでも協力するぜ。何かやれることあるか」
「ありがとう。こればっかりはおれの勇気しだいだから。気持ちだけもらっとくよ」
理央はおれのことをどう思っているんだろう。改めて考えると少し怖い。
暗くなるまで、おれ達は色々な話をした。好きな本や漫画、受験勉強の苦労。そんな話ができるのが嬉しかった。つながりたいと思っている人とはつながれるのだろう。
2人が帰ることになり、おれはバス停まで見送った。
「じゃあ、いつでもまた来てくれ。受験勉強でお互い忙しくなるけどな」
「ああ、今日は会えて本当に良かった。本当に許してくれてありがとうな」
今日、会った時とは別人のようだ。アキラが穏やかな顔で言った。
バスに2人が乗った。バスが見えなくなるまでおれはそこにいた。
部屋に戻り、紅茶を飲む。まだ2人がいた感触が残っていた。温かい気持ちになる。
―絶対、成功するよ。
アキラの言葉を思い出す。
絶対、なんて世の中にないしな。
そんなことを思う自分が情けない。
思えば、おれは勇気を出さなきゃいけない時に出せなかった。あの時ももっと大きな声で自分ではないと叫んでいたら、もっと叔父や周りの人に相談できたら、何かが違っていたのかもしれない。過去を悔やんでもしょうがないけど、もっとやれたことはあったのではないだろうか。おれは自覚がないままあきらめていたのだ。色んなことを。
また、理央のことを考える。
あきらめたくない、と強く思う。
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