最後の文化祭
最後の文化祭の日が来た。竹本さんが中心となり後輩たちが張り切って飾り付けをしてくれたので、文化祭らしくなった。
教室で理央と二人きりになる。
「2年前はここに壁があるといいって思ってた」
理央が突然言った。
「気まずくて、春原君と何を話せばいいのかわからなかったから」
2年前のことを思い出す。あの頃は本に興味を持たない理央に少し腹を立てていた。
「おれもそうだった。ごめんな、その時のおれはぶっきらぼうで怖かっただろ」
「去年は大丈夫だったけど、今年は大丈夫かな。春原君の中学の人が来たら…。あの事件は冤罪だってことがわかっていると思うけど、正直、会いたくないな」
「大丈夫、あいつらが来たとしても無視する。でも、2年前は、怖かったな。あれがきっかけでおれの過去を理央に話したけど、その時は理央のこと信用してない、なんて言っちゃったんだよな」
理央はうなずいた。
「今はどう?」
「信用しているよ。何、当たり前のことを聞いているんだ?」
理央が嬉しそうな顔をしておれを見る。それだけで今日はいい日だと思う。
文芸部の教室にあまり人が来なかった。後輩たちもクラスの出し物で忙しいらしい。でも、それで良かった。理央と話すのが楽しかったからだ。こんな変化があるなんて、2年前には想像もできなかった。
2日目の12時頃、トイレから戻ると、理央が男子と話していた。その男子が振り向いた。
「健人…君」
「優斗…?」
「話したいことがあるんだ」
優斗はそう言うと理央の顔をちらりと見た。あの事件の事を話したいのだろう。
「理央はあの事件のことも知っている」
おれがそう言うと優斗が安心したように「健人君のことを信じてくれる人がいたんだね。僕が言えることじゃ、ないけど、良かった」と言った。
「話したいことがあるなら、ここでいいよ。あまり人もこないだろうし。誰か来たら、理央、対応してくれる?」
「わかった」
理央はそう答え、受付に座った。
優斗は覚悟を決めたように話し始めた。
「色んな人に尋ねて、ここに行きついたんだ…。まず、謝らせてほしい。中学の時は本当にごめん」
「杉本さんから何か聞いたのか?」
「いや、誰かから何かを聞いたからじゃない。僕の意思で謝りに来た。健人君は知っていると思うけど、僕は小学生の時からいじめられていた。中学でもいじめられそうになった時、健人君が守ってくれた。健人君は僕と友達になってくれて、いじめがなくなった。僕は健人君と友達になって初めての経験をたくさんした。優斗って下の名前で呼ばれたのも初めてだったし、昼休みや給食の時間に一人じゃないことも初めてだった」
優斗はため息をついた。
「それなのに…。それなのに、僕はあの時、健人君を助けることができなかった。無視されて、殴られて、苦しむ健人君を見ていながら、また、いじめられることが怖くて、怖くて健人君を見捨ててしまった…」
優斗の声が震え始めた。
「優斗は、おれが事件の加害者だって信じていた?」
「信じる訳ないじゃないか、健人君があんなことできるわけがないって思っていたよ。僕だけではない。川上さんが嘘を付いているんじゃないかって考えている人もいた。でも、大きな流れには逆らえなくて、皆、黙ってしまったんだ」
そこまで言うと優斗は泣き始めた。
「僕だけでも、僕だけでも、その流れに逆らうべきだったんだ。せめて、健人君にだけでも、その思いを伝えていたら良かったんだ。もう、何を言っても許してもらえないと思う。謝るのだって自己満足じゃないかって何度も思った。でも、ここが最後のチャンスだと思った。健人君に嫌われてもいい。怒鳴られてもいい。僕の思いを伝えたかった」
昔から優斗は優しいやつだった。優しすぎて自分の意見を言えないこともあった。優斗は今、精一杯、自分の言葉でおれに話している。それが伝わってきた。
「優斗、スマホ持ってる?」
「持ってる」と優斗は戸惑ったように言った。
おれはメモに連作先を書いた。
「これ、おれの連絡先。いつでも連絡して」
「どうして…。僕の話、聴いていたよね」
「ああ、全部、聴いた。その上で言っている。優斗、また、友達になってくれ。それと中学の時から言っていたけど、君は付けなくていいよ。こんなこと言うときれいごとになるかもしれないけど、ありがとな、おれのことずっと心配してくれて」
その言葉に優斗は何かが切れたように声を出して泣き出した。おれは優斗の肩をそっと叩いた。
優斗とすれ違いで教室に入って来た竹本さんが「今、教室から出てきた人、泣いていたみたいですけど、どうしたんですか」と言った。
「久しぶりに中学の友達と会ってな。なんか、感極まったみたいで」
「いいですね。会って泣く程の友達がいるって」
その言葉におれはうなずいた。
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