それぞれの道
理央はどんどん変化していった。部室や図書室の本を読むようになった。それだけでも大きなことだったが、教室で授業も受けれるようになった。
竹本さんとも漫画や音楽の話をして、楽しそうだった。新しく入ってきた部員にも理央の方から声をかけていた。
中学の同窓会にも行ったらしい。理央をいじめていた奴らにも会ったらしいが、平気だったようだ。
理央の変化を嬉しく思うと同時に複雑な気持ちになった。それは自分でも言い表せない不思議な感情だった。
3年生になると、時間はあっという間に経ち、6月になっていた。おれは福岡の大学のパンフレットを読んでいた。
福岡に来ないか、という叔父の言葉を忘れたことはなかった。福岡にも魅力的な大学が多くある。叔父のゲストハウスを手伝えるということも魅力だった。そして、叔父の家に家族になりたいという気持ちもあった。
理央が部室に入ってきた。
「やっぱり、叔父さんのところに行くの?」
「いや、少し気になって読んでいただけ」とおれはパンフレットを閉じた。
「高校、なんか、時がすぎるのが早かった気がする。この前、入学したような気がするもの」
「まだ、終わってないだろ。高校3年の6月だぞ。夏休みも終わっていない」
おれは笑いながら言ったものの、理央の気持ちもわかる気がした。クラスの雰囲気もどんどん変わっていくだろう。
理央は私立文系コースでおれは国公立文系コースだった。
「理央はどの私立大学に行くんだ」
「まだ、決めてない。できたら、小説を書くための訓練となるようなところに進みたいけど」
「小説を書くためには色々なものを見ておいた方がいいから、ちょっと変わった学部に入ってもいいかもしれないしな。大学を卒業して働きながらでも小説は書けるし」
理央にアドバイスをしながらもおれも何をやりたいか明確に決まっていなかった。
誰かに相談をしたくなり、入間先生に話をした。
「何をやりたいか、とかがまだわからなくて。やりたいことが明確にないのに、大学行っていいのかなって」
入間先生はおれの話を真剣に聴いてくれた。
「気持ちはわかる。でもな、お前はまだ18歳だろ。そんな自分のやりたいことなんてまだ決めなくてもいいんじゃないか。大学、行きながらでもやりたいことは見つけられるし。もっと気楽に考えろ」
そう言うと、入間先生は笑いながら「大学に入ったら、髪は誰にもとがめられなくなるな」と言った。その言葉におれも笑った。
「福岡へ行くのも悪くない。場所を変えて、色々なものを見てみるというのも良いしな。まあ、お前ならどこに行っても大丈夫だと思うぞ」
7月の放課後、その日は夏にしては涼しい日で心地よかった。おれは体育倉庫の前に立った。
ここだ。ここでおれと理央の人生は動き出したんだ。握った理央の手を思い出す。あの時の理央は壊れそうだった。何とかして守ってあげたかった。
でも、それは違った。おれは理央を守ったのではない。理央がおれの心を守ってくれたのだ。
誰かが来た気配がして振り向くと理央だった。2人でしばらく体育倉庫を見る。
「遠い昔のことみたいだな…。2年前くらいだっけ。ここで二人で閉じ込められたの」
理央はうなずいた。
「春原君…。私はあの時より強くなれたと思う。春原君のおかげだよ。ありがとう。何度言っても足りないよ」
その言葉におれは首を横に振った。
「おれのおかげではない。理央が強くなれたのは、元々、持っていた力と、理央の意思の強さだ。おれ自身も成長できた。あんなことをした、あいつらのことは今でも許してはいないけど、この場所で理央と本音で話したことがきっかけだったのは事実だ」
理央に話さなければならないことがあった。
「理央、おれはやっぱり福岡の大学に行くことにした。叔父さんのところへ行ってゲストハウスも手伝ってみたい。将来、何になるとかは決めていないけど、そのために色々なことを経験したいと思う」
「それがいいと思うよ。あの叔父さんのところなら春原君は楽しいと思う。福岡はいいとこだよ。きっと」
理央は笑いながら言う。その顔を見ていると切ない気持ちになってくる。笑顔でいなければいけないのにそれができない。
「理央、本当にそう思うか」
理央に言ってほしい言葉があった。でも、それを求めてはいけないこともわかっていた。
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