きっかけ
「よろしくお願いします。文化祭前にいきなり入部しちゃってすみません」
明るい声で新入部員の竹本美雪さんは言った。
「テニス部にも入ってるんで、なかなか来れないかもしれませんけど」
おれは竹本さんに文芸部の活動を説明した。竹本さんはおれと理央の目をみながら熱心に聴いてくれた。その様子に理央も安心したようだった。
「どうして、竹本さんは文芸部に入ろうと思ったの?」
「本が好きなんです。でも、この頃、ちょっと読む本の種類が偏ってきたので、色々な種類の本読んどいた方がいいかなって。文芸部に入ればそれができそうじゃないですか」
そう笑いながら言った。その正直さに、おれは好感をもった。
文化祭が終わって数日後、廊下を歩いていたら女子生徒の声が聞こえてきた。
「竹本さんさ、本当にテニス部にいらないよね」
竹本さん、という言葉におれは立ち止まった。
「そうそう、私たちの足を引っ張ってばっか」
「ミスも多いし、先輩方も怒るのを通り越してあきれているよ」
「ねえ、もう竹本さんのこと部活内で無視しない。そうしたらいなくなるかも」
「はっきりとわかるようにいじめたらやばいから、上手くやらなくちゃね」
教室の中をそっと見ると、3人の女子生徒が竹本さんの悪口で盛り上がっていた。
過去を思い出す。殴られたり、蹴られたりといったいじめも辛かったが、陰で悪口を言われることも辛かった。
理央にそのことを話した。
「昨日、聞いてな。あの女子生徒たちが本当に竹本さんをいじめるのではないかって、少し心配なんだ。教師に言うこともできるが、白を切られたら終わりだし、ことが大きくなって、よけいに竹本さんを傷つけてもな」
「そうだね…。もし、良かったら、私がなんとなく竹本さんに聞いてみようか?女子同士の方が話しやすいかも」
「そうだな。頼む」
理央が自分からそんなことを言ってくれて嬉しかった。理央は着実に強くなっている。
翌日の放課後、竹本さんのことを考えながら歩いていると校庭が少し騒がしかった。テニスラケットを持った女子生徒達が校庭の真ん中らへんに集まっている。その中に、竹本さんの姿はない。嫌な予感がした。
部室に行くと理央の隣で竹本さんが泣いていた。
「どうした?」
竹本さんはうつむいて何も答えない。いつもの竹本さんとは別人のようだ。
「春原君、竹本さん、いじめられていたの。テニスボールを身体に何回もあてられて…。それを見ていられなくって無理やり、部室に連れてきたんだけど、私、この後、どうしたらいいか全然、わからなくって」
理央が少し泣きそうな声で言った。
「竹本さん、身体痛い?」
「…はい」
「とりあえず、保健室に行こう。斎藤先生ならなんとかしてくれるから」
竹本さんはうなずいた。
「とりあえず、今日はテニス部を休みなさい。あとは全部、先生がしといてあげるから。いじめのことも私から他の先生にも言うから」
斎藤先生はそう言い、竹本さんを保健室で休ませた。
おれと理央は保健室を出た。
「ありがとう…。春原君。私だけじゃ、何もできなかった。最初から保健室に連れていけば良かった」
「外でテニス部がちょっと騒いでてな。おかしいと思ったんだ」
「竹本さんが話してくれたんだけど、竹本さん、お姉さんがいてテニス部で活躍していたらしいの。でも、事故で車いすになってしまって…。竹本さんはお姉さんに頼まれてテニスを始めたんだって。だけど、竹本さん自身は本を読んだり、イラストを描いたりするのが好きなの。お姉さんのことを思ったら中々、それを家族に言えなかったみたい」
「兄弟、姉妹っていうのは複雑なもんなんだな、おれ一人っ子だから」
「私、竹本さんに何も言ってあげられなかった。どういう言葉をかければ正解かがわからなかったから」
理央はうつむいて言った。
「正解なんてないんじゃないか」とおれは言った。
「正論としての正解もあるかもしれないが、竹本さんには正論じゃない言葉が良かったのかもしれない。何も言わずにただ話を聴くもの正解だった可能性もある。でも、竹本さんの手を引いた理央の行動は正解だったんじゃないかとおれは思う」
おれの言葉を聞いても、理央は浮かない表情だった。
「ご迷惑をおかけしました」
数日後、竹本さんが部室に来た。
「家族と話し合ってテニスを辞めることになりました。正直に自分の気持ちを話しました。両親も姉も驚いた様子でしたが、姉は謝りました『自分の言葉でプレッシャーをかけてしまい申し訳なかった』と。もっと責められるのではないか、と思っていたけど、きちんと話せばわかってくれるんだな、と。良く考えてみればそうですよね。家族なんだから」
おれは少し複雑な気持ちになった。おれはどんなに話しても家族にわかってもらえなかった。でも、それは今、言うべきではないだろう。
「大丈夫?クラスとかでいじめにあってない?」とおれは聞いた。
「それは、大丈夫です。友達が『無理をしないで、本当の美雪の姿でいいから』と言ってくれました。そういう意味では私は恵まれていました。テニス部の女子たちも教師から注意を受けて、和解したわけではないですけど、今のところ、何もされてないです」
「良かった」
「それで、私、イラスト同好会にも入ることにしたんです。先輩方が将来、小説を書いたら表紙描かせてください」
初めて会った時と同じ笑顔で竹本さんは言った。
いつもの様に、理央と一緒に帰った。
「竹本さんは、理央の事情知らないからな」とおれは笑いながら言う。
「まあ、ゆっくり読んだり、書けるようになって…。その時、イラストレーターになった竹本さんに頼めば…」
「書きたい」
理央がはっきりとした声で言った。その言葉におれは思わず足を止めた。
「竹本さんの言葉を聞いて、なんでだろう。物語を書きたいという気持ちになった。いつまでにとか、賞とかは関係ない。一度、自分のために物語をまた、書いてみたい」
理央は少し興奮しているようだった。そんな理央は今まで見たことがない。
「思い返してみたら『アキの友達』も自分を癒すために書いたような気がする。結果として自分を傷つけてしまったけど、あの物語自身に罪はない」
そうだ。理央の言う通りだ。物語には罪はない。理央はやっとそのことに気が付いてくれた。
「昔、ある作家が、飛行機が真っすぐ飛ぶ姿を見て小説を書こうと思ったという。理央を見ていたらそれを思い出したよ。何気ない言葉や出来事で人って変わっていくものなんだな」
今までの小さな積み重ねが理央をそんな思いにさせたのだろう。そんな瞬間に立ち会えて嬉しかった。
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