告白
冬休みが近づいてきた。その間、文芸部では部長が鈴木先輩になったりといった変化があった。前部長は「何にも部長らしいことができずにごめんね」と言いながら手作りのクッキーをくれた。最後まで優しい人だった。
理央はあの日おれが抱きしめたり、下の名前で呼んだことに対して何も言わない。普通に喋ったりはしてくれているが、それが少し気がかりだった。
「理央、明日、暇かな?」
「うん、用事はないよ」
「一度くらいおれの家、来てくれてもいいのかなと思ってさ。良かったら明日、来ない?一回ぐらい来て家の場所も知っておいてほしいから」
理央は少し戸惑っている様子だったがうなずいてくれた。
翌日、家の近くのバス亭へ理央を迎えに行った。
「両親がおれの顔を見たくなかったらしくって、マンションを一部屋買っておれに与えた。金があるからできたことだ。まあ、高校卒業したらあそこを出て暮らすけど」
「大学には行かないの?」
「わからない。行くとしても、自分で金を貯めて行く。もう、世話になりたくない」
おれが住むマンションはまだ新しく、学校へ行くのも不便な場所ではなかった。でも、それを両親の愛情だとは思わなかった。きっと、おれを家から遠ざけたかったのだろう。
マンションに着くと、入り口に女性が立っていた。それはおれの知っている顔だった。
「杉原…さん」
「春原君よね」
おれは思わず顔をそらした。理央が不安げな表情をしている。杉原さんは「聴いてほしいことがあるの」と言った。
2人を部屋の中に入れた。
杉原さんはおれの元クラスメイトだ。川上と仲が良く、いつも一緒にいた。
「春原君、私、帰ろうか」と理央が言った。
「悪い、理央。一緒にいてくれないか」
杉原さんが何の話をしにきたかはわからない。もしかしたら、また傷つくかもしれない。理央にも迷惑をかけるかもしれない。それでも、一緒にいてほしかった。おれのわがままだ。
「おれの友達の松野理央だ。おれの過去のことも知っている。あの事件についても話した。だから一緒にいてもいいかな?」と杉原さんに言った。
杉原さんはうなずいた。
杉原さんは中学の時から大人っぽい雰囲気で、かわいいというよりもきれいな感じで川上と同じように女子からも、男子からも人気があった。
「クラスメイトが、春原君がここから出て行くのを見たって言ったから来てみたの。何回も来たのよ。でも、なかなか会う決心がつかなかった」
おれは下を向いていた。杉原さんを見る気持ちにはなれない。
「先に言うね。愛菜は自殺したよ。電車の前に飛び出して。つい1か月程前よ」と決意したように杉原さんは言った。
自殺?どういうことだ?あんなやつが?
「それって○○駅で起きたっていう、あの結構ニュースにもなった…あの事件ですか?」と理央が驚いたように言った。
「そう、学校で知らないものがいない美少女の自殺って、テレビでも取り上げられたけど、春原君は知らなかったかな」
「悪いけど知らなかった。テレビも新聞も見ていない。スマホ持っているけど、そういうの見ないから」
テレビを見ることや新聞を読むことに興味がわかなかった。本さえあれば良かった。
「おれの学校に、おれをいじめていたやつが来た。杉原さんも知っているやつらかもな。やつらは川上は彼氏もできて元気だって言ってたけど」
「私も確かにそう聞きました」と理央も言った。
「それを伝えに来たの?」
「それだけじゃない。私は…謝りに来たの。どうしようもないことなんだけど伝えておかないと、と思って」
杉原さんは、表情を硬くした。そして、話し出した。
「愛菜と私は小さい頃からの親友で、いつも一緒だった。幼稚園も小学校も一緒で受験して同じ中学に通った。愛菜は何をやらせても完璧で周囲からも愛された。春原君、あなたと同じように。私はそんな愛菜と親友なのを誇らしく思う一方で、少し違和感を感じていた。小学校の時、こんなことがあったの。学級会で愛菜の言った意見とは違う意見を言った子がいた。結局、その子の意見が採用された。でも、その後、その子が花壇でみんなが育てていた花を踏みつけていたという噂が流れた。証拠は何もなかったし、その子だってそれを否定した。でも一度流れた噂は消えることはなく、その子はみんなから白い目で見られるようになってしまった。その子は学校に来られなくなった」
おれと同じだ。あいつは幼い時からそんなことをしていたのか。
「それは、たまたまかもしれない。でも、愛菜の意にそむいた行動をしたり、愛菜と仲が悪い子は、噂を流されたり、濡れ衣で先生から怒られたということが何回もあった。私もさすがにおかしいと思ったけど、愛菜にそれを言うことはできなかった。少なくても私と居る時の愛菜は優しくて、明るくて本当にいい子だったから。中学に上がってからはそんな行動はなくなって私はほっとした。これで何事もなくいけば何の問題も起きないと思ったから。でも、それは違った。愛菜はあなたのことが好きになってしまった。それが大きな間違いのきっかけだった」
杉原さんは深く息を吸った。
「あとは、春原君が一番よく知っているわね。愛菜はあなたを陥れた。一番、残酷な方法で。親をだまし、教師をだまし、みんなをだました。そういう能力にあの子は長けていたの」
杉原さんは、そこまで言って口を閉じた。
理央には帰ってもらった方が良かっただろうか。
空気が重く感じる。
「でも、それはずっとは続かなかった。高校に入学して、愛菜は学級委員になった。クラスで少し変わっていて、クラスで浮いている子がいたの。愛菜はその子が気に入らなかった。その子を排除しようと愛菜は動いた。嘘の罪をその子に被せようとしたの。あなたの時みたいに。でも、それは成功しなかった。変わり者のその子には親友がいて、愛菜の方がおかしいのではないかと思い、教師に訴えた。その子の言うことを教師は信じた。ちゃんとした目を持った教師だったのね。愛菜は窮地に立たされることになった」
「それにあいつは耐えられなくなったんだな」
「愛菜は愛されないという状況が我慢できなかったの。それで、愛されるために色々なことをした。人を傷つけた。でも、もうそれはできなくなってしまった。これは私が勝手に思っていることなんだけどね。春原君、愛菜が死んだのは自分の状況に耐えられなくなったからだけじゃないと思うの。愛菜は自分の犯してきた罪に気が付いたんだと思う。それにも耐えられなくなった」
耐えられなくなっただと?ふざけるな。おれはどれだけのことに耐えてきたと思ってるんだ。死ぬのはただの逃げだ。罪をつぐなうことではない。
「春原君、私がこんなこと言う権利はないと思うけど…。愛菜のことを許してあげてほしいの。あなたがされてきたひどいことはわかっている。でもね、愛菜は本当にあなたのことが好きだった。あなたのことを毎日、私に話したし、学級委員に立候補したのも、あなたがいたからよ。本当に勝手なお願いだと思う。だけど…」
おれは、杉原さんの話を遮った。
「杉原さん、どうして川上さんのためにここまでするんだ?杉原さんだって川上さんのためにしなくていい思いまでしたんじゃないか?それを教えてほしい」
「確かに愛菜のために苦しい思いもした。特に愛菜のために傷ついた人たちのことを思うと…。でも、あの子は私の友達なの。あの子が本当は優しい子であることを私は知っている。私には友達として、あの子を止められなかった責任がある。私は愛菜を見捨てたくない。だから、せめて代わりに謝りたい」
杉原さんは頭を下げた。
「本当にごめんなさい。春原君」
確かに、杉原さんにも悪い部分がある。杉原さんが川上さんに感じていた違和感を周囲に言えば、こんなことにはならなかったかもしれない。でも、おれが杉原さんの立場だったら、どうだろう。友人のことを注意できるのか。
理央の顔を見た。理央は不安げな表情だ。おれが何かを言わなければ。
「頭を上げてくれ。杉原さん。正直、川上さんのしたことは許せない。あの事件でおれは多くのものを失った。でも、話しを聴いているとかわいそうな人だったんだなとは思った。一番、近くにいた信頼のできる友達に気が付けなかったことが気の毒で仕方ない」
杉原さんは頭を上げた。
「多くの人間に囲まれながら、川上さんもおれも一人だったんだな。あの時、だれか一人でも信じてくれる人がいたらおれは救われた。でも、それを考えたって今はしょうがない。ないものを嘆くだけなんておかしいものな。幸いおれには、おれの全ての境遇を話しても信じてくれる友達ができた。それは良かったと思っている。おれは今、前を向いて生きている。だから、杉原さんにも前を向いて生きてほしい。何もかも話してくれてありがとう」
杉原さんの目から涙が出てきた。
「春原君のご両親にもお話ししようか。このこと。そうすれば誤解が解けるかもしれない」
「このままでいい。言ってくれたとしても、両親との仲がこれで修復するわけじゃないから」
「そう…。じゃあ、私はもう帰るね。邪魔はしたくないから」
そう言いながら、杉原さんは理央を見た。
そして玄関で「私もね、春原君のことが好きだったよ。でも、私がこんなこと言う権利はないよね」と言い、ドアを開けた。
おれが紅茶を用意していると「本当にいいの?春原君。ご両親のこと」と理央が言った。
「ああ、おれがショックだったのは、あの時、両親が信じてくれなかったということだ。誤解が解けても、あの時、両親が信じてくれなかったということに、変わりはない」
部屋で、2人で向き合って座る。
「つきあわせてしまって悪かったな。おれだけじゃ、耐えられそうもなかったから」
「大丈夫。いつも助けてくれた春原君の役に立てたなら嬉しい。やっぱり、春原君は強いね。あんなこと私だったら言えないよ」
「川上さんが可愛そうだと思ったのは事実だ。上っ面では、完璧な人生送っているつもりでも彼女はきっと本当の喜びだったり、感動だったりを知らずに死んでいったような気がする。自分が自分のままでも愛されていたということがわからなかったんだろうな」
「そうだね」
川上さんは死ぬ直前、どんなことを思っていたのだろう。おれにしたことも後悔したのだろうか。あらためて思う。生きていてほしかった。生きて、反省をして、本当に大事なものに気が付いてほしかった。チャンスはいくらでもあったはずなんだ。
「ありがとうね。私のことを友達って言ってくれて、ずっと言えなかったけど、理央って言ってくれたことも嬉しかった」
その言葉におれは安心して、笑った。
外では雪が降っていた。紅茶がより温かく感じた。
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