アキの友達

 過去を話している間、おれはずっと冷静だった。怒りがわいてくることもなかった。

「まあ、松野さんに黙っていても良かったんだけど、あんな場面見られたら、また誤解されるかもしれないし」

 松野さんは何も言わずに黙ったままだった。その様子に少し苛立った。

「さっき、言ったけど本を読むことでおれは救われた。だから…申し訳ないけど、読書をしない松野さんのこと、おれはあまり信用していない。本を読むことを否定されたら、おれは生きている意味がなくなる。今までと同じようにおれにあまり構わないでほしい。部員でいることはいいけど、親しくなるつもりもない。まあ、松野さんだけじゃなく誰のことも信用していないんだけどね」

 おれは「時間をとらせてごめん」と言いながら立ち上がり、松野さんに背を向け部室の外へ出た。


 家の中に入り、大きなため息をついた。

「疲れた」

 一人しかいない部屋でそうつぶやく。心配してくれる人はいないのに。

 おれの過去を他人に話したのは初めてだ。冷静に話すように努力したので、感情的にならなかったと思う。

 しかし、松野さんにあんなことを言う必要はあったのか。

―読書をしない松野さんのこと、おれはあまり信用していない。

 松野さんはどこまでの無表情で感情を読み取ることができなかった。別に同情の言葉も励ましの言葉も望んではいなかったが、あそこまで何も感情を出さないのは不自然ではないか。

 色々と考えたが、どうでも良い気持ちになった。おそらく、彼女もおれと同じで他人に興味がないのだろう。何が原因でそうなったかはわからないが、おれが解決できることではなさそうだ。何もしないのが一番だ。

 おれは心を落ち着けるため、本棚を眺めた。本の題名を見るだけでも心が少し安らぐ。上の段から下の段まで順番に眺めていく。

 一番下の段の本をこの頃、読んでいない。そう思い、一番下の段から何か本を選ぼうとした。

 その時、見つけた。

 題名はアキの友達、作者は松野理央。

 おれはその本を手に取る。作者の紹介欄に生まれた年が書いてあった。おれと同じ年齢だ。スマホで検索してみると、顔も出てきた。今より少し幼い松野さんだ。

 おれの頭は混乱した。しばらく、読んでいなかったが『アキの友達』はおれの好きな本だった。好きだけではない、励まされた。おれの心を支えてくれた。


 主人公はアキという大人しい少女だ。小学6年生で充という明るい少年と同じクラスになる。アキと充は本が好きで、本を通じて2人は仲良くなる。

 2人は文化発表会で、一緒に小説を書き、その完成度の高さが評判になる。しかし、それを妬んだ優等生の女子が、その物語は自分が書いたもので、それを2人から盗まれたと周囲に訴える。

 最初は信じなかった周囲も、女子が涙ながらに何度も訴えたことで、アキと充のことを疑い始める。

 充は「全ては自分がしたことだ」と言い、アキをかばった。その日から充は学校へ来なくなった。アキは家に閉じこもる充に自分が書いた物語を届け続けた。

 アキと充は中学生になり、充は再び、学校へ通い始める。2人は、また、物語を書こうと約束をする。


 この本を最初に見つけたのは学校の図書室だった。

 登場人物達の気持ちが丁寧に書かれており、文章は素直でまっすぐだった。2人が周囲から疑われるシーンは、真実味があり、自分とも重なり読んでいて辛かった。でも、最後は希望に満ちたものだった。作者がおれと同じ年齢というところに驚いた。同世代にこんな才能のある人がいるのか。

 すぐに購入し、何回も読んだ。何回も読んでいるうちに、この作者は、アキや充のように辛い経験をしたことがあるのではないか、と考えるようになった。想像だけでは、アキと充の辛い気持ちを書けないような気がしたからだ。

 しかし、おれはどこかで充がうらやましかった。充にはアキがいる。一人ではないのだ。それに比べて、おれには親も友達も教師もいない。

 たった一人でも信じてくれる人がいたら、おれはこんなに孤独を感じていないだろう。


 少し、息を吐いて頭を落ち着かせる。

 最初に会った時、松野さんの名前に確かに覚えがあった。でも、勘違いだと思い気にしなかった。本人も何も言っていなかったし、「本は読まない」と言っていたじゃないか。

 彼女に何があったんだ。

 松野さんに直接、尋ねるのが早いだろう。しかし、松野さんは話さないような気がした。

 何か辛いことがあったのか、傷つくようなことがあったのか。

 しかし、それを知ってどうだと言うのだ。おれには何もできないではないか。

 いっそ、知らないふりをした方がいいのではないか。

 色々な考えが頭の中でぐるぐると周り、わけがわからなくなった。

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