冷たい世界
次の日からおれの生活は180度変わった。
朝になり、リビングへ降りて行っても、両親は当たり前のようにおれに声をかけることはなかった。目も合わせてくれない。朝食すら用意されていない。昨日からのショックでお腹は空いていなかったが、寂しさや悲しさを上回る感情に支配されそうになった。学校を休むという選択肢すらないので、家を出た。
学校に行くと、相沢先生から隣のクラスに行くようにとだけ伝えられた。それは、冷たい声だった。教室に入ると、クラスメイトが一斉に黙り、おれの方をちらちらと見た。話しかけてくる者は当たり前のようにいない。
陸上部の当然といったように退部となった。これでおれの居場所はどこにもなくなった。
クラスメイトも教師もおれはいないものとして扱っているようだった。そんな日々が数日、続いた。
放課後、帰ろうとしたら「健人」という声が聞こえ振り返るとアキラがいた。
「ちょっと来てもらっていいか」
おれはうなずき、アキラの後をついて行った。
アキラは男子トイレに入って行った。不審に思いながらおれも入ると、元クラスメイトの男子数名が待っていた。
1人がおれの方へ近づいて来た。そして、いきなりおれの胸倉をつかむと「犯罪者」と言い、おれの体を壁に打ち付けた。そして、おれの髪の毛を掴んだ。痛いと感じる暇もなかった。
「悪く思うなよ。これは正義だ。川上が受けた辛さをお前も体験しなきゃいけないよな…。だいたい、前からお前のこと気に入らなかったんだよな。茶髪に染めているくせに、教師から気に入られているし、女子からも人気があってさ。この髪、切って坊主にしてやりてえよ」
そう言って、腹を殴った。おれはその場にしゃがみ込んだ。他の奴らはそれを見て笑っている。
「おれの茶髪は地毛だ。それに、おれは川上に何もしていない!アキラ!お前ならわかってくれるよな?」
アキラはおれに近付いて来た。
「信じられねえよ…」
「え…」
「もう、お前のことは信じられねえんだよ!」
そう言うとおれの膝を思いっきり蹴った。それを見た奴らの笑い声がもっと大きくなった。
「かわいそうだな。親友にも信じてもらえなくて。でも、自業自得だよな。おれたちは思いやりがあるから、カッターで傷をつけはしねえよ。安心しな」
そう言って、顔も殴られた。
その日から、殴られることがたびたびあり、身体の傷が増えていった。
「春原と同じクラスだよ。どうしよう。こわい」
「早く転校させればいいのにね。それか少年院とか」
「噂なんだけど、カッターでおどしただけじゃなかったらしいよ」
「他にも何かしたの?」
「うん、胸を触ったとか、下着を取ったとか。親や教師には行ってないらしいんだけど、川上さんが親友には言ったんだって」
「気持ち悪い。春原って、顔もいいし、優しくて成績もいいから、だまされるところだった」
「同じ空気吸いたくないよね」
でたらめだらけの噂が飛び交い、机の上には「死ね」「犯罪者」という落書きがされるようになった。
教師達もおれのことを犯罪者として見ており、いじめも見て見ぬふりだった。数日前までは良い先生達だと思っていたのに。
ある日、廊下で川上と目が合った。
川上は申し訳なさそうな顔していなかった。そして、笑ってもいなかった。しばらく、おれの顔を見て何事もなかったかのような顔をして去って行った。
その顔にぞっとして、トイレで吐いた。
そのうちおれ自身も変わっていった。何かをしたいという気持ちや感情がなくなっていった。他人のことも自分のこともどうでもよくなり、あきらめの気持ちが大きくなった。
―このまま死んでしまおうか。遺書を残し、死ねばおれが何もしていないと皆がわかるのではないか。
色々と死ぬ方法を考えた。海に飛び込む。屋上から飛び降りる。電車にひかれる。
考えているうちは、なぜか、安心できた。楽になる方法がこんなにもあると思うとほっとしたのだ。
でも、実際に行おうとしたらできなかった。
どこかで希望をもっていたのかもしれない。おれが何もやっていないということをわかってくれると。
しかし、希望は叶えられることはなかった。
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