『疑』神
那埜
第零話:序章─デストラクション─
全ての終わりを告げる冬の季節。
空は灰色。冬となれば生命が眠り、あるいは死に絶える。
そして雪も積もり、大地を埋め尽くす。
白い大地で膝を付く少年とて例外ではない。
「…………」
雪の白にくっきりと浮かぶ濃く赤い
その近くには骨董品のように埋もれた銀色の刀。
さりとて、少年の生命はまだ絶えてはいない。
大地に伏そうが、少年は目の前の神と嘯く存在を睨みつけた。
それはまさに火と形容すべき神の遣いたる戦士。
人の形に黒い鎧を身にまとい、そこに白い刺青が描く……まるで燃ゆる炎を表現するように。右胸部には自らを紅蓮の炎を印象づけてか、丸い結晶が埋められていた。
両手には半月刀に似た、そしてぼたりと赤く滴る剣を握りしめる。
されど神の遣いと形容するのはどうだろうか?
赤き龍の仮面を被るその下は……死者のように表情を白く塗り固められている。
そんな奇怪な戦士が天啓……ではなく引導を渡そうとしていた。
「………神様ってもうちょっと優しくしてくれるのかと思ったぜ」
戦士を前にして、少年は諦めたように笑った。
「はぁ……神様ってやっぱ碌でもねぇや」
少年の生命はまだ止まらない。
だが……神と嘯く戦士に散々痛ぶられ、脚に力を入れることすら苦しい。
『…………』
龍の仮面を被る戦士は、膝を付く少年に
「…………レイ!」
少年の名を叫び、立ち向かおうとする男の声。
「レイから離れろ!」
少年は振り返る。
「××××!」
少年は男の名を呼んだ。
男の体もまた、その皮膚がところどころ濃く赤く色塗られていた。
それでも男はレイと呼ばれた少年を救うために、生命を削りながら駆けて行く。
男は、赤く流動的なものを白い大地にぽたりと流しつつも刀を突きつけるように……戦士へと向けた。
『…………』
すぐに戦士は雪を捲り上げながら、避けるように後ろの方へと大きく退がる。
男はすぐに立ち止まり、レイと呼ばれた少年に顔を向けた。
「××××……助かったよ」
「だから呼び捨てはやめてくれって言ったろ?俺はお前の親父なんだからさ」
「親父って柄じゃないじゃんか」
レイはそう言いながらも心強いその存在を前に笑いを隠すことは出来なかった。それほどまでにレイは親父と称した男の存在を信頼していた。
「立てるか?」
「××××が支えてくれるなら立てるぜ?」
「子どもだなぁ」
「子どもだって。俺、生まれて間もないんだぜ?」
「知ってるって」
レイの調子のいい言葉に、傷だらけになりながらも痛みを見せることなく男は手を伸ばした。
レイはその手を握りしめる。
雪の大地の影響で確かに寒さと冷たさを感じるが、男の手は熱く、また温かった。
男に支えられながらもレイは立ち上がり、そしていまだに剣を構える炎の戦士に目を向けた。
「行くぞ、レイ。俺たち二人なら、やれるはずだ」
「オッケー、親父」
そして男は刀を両手で強く握りしめ、レイもまた雪に埋もれていた刀を再び握りしめながら立ち上がった。
雪の降る空。
一体の戦士と二人の人間。
両者睨み合いながら、冷たい空気に耐える。
それでも降り続ける、小粒の雪。
そうしながら……刀を持った男が一歩踏み出して、白い大地を踏み締めようとした───その時。
───男の胸部が背後から太く長い銀の杭に貫かれた。
「××××───」
レイは男の名を呼んだ。
なぜその名を呼んだのか。男はレイに名前で言われることを好んではいなかった。まるで他人行儀のように感じるからだそうだ。
けれどもレイは名前で呼びたかった。どうも自分は名前を覚えられないらしい。そんな自分がやっと覚えた名前……それが××××。
忘れたくない。ずっと覚えていたい。
そう思っていたのに。
銀の杭に男が貫かれた瞬間。
男の体に通常は人間に付かないようなヒビが入っていく。
まるで窓ガラスが叩きつけられ割れるように。
ここまでレイは××××のことを覚えていた。
しかし銀の杭が引き抜かれた瞬間。
……男の体は窓ガラスの破片のように崩れて落ちていった。
───それは時間としては10秒ほどあった……ような気がした。
男の破片が光に包まれ、消え、灰の空には虹が掛かった。
まさに神が男を昇天させ、天国へと迎え入れるように……。
だがその虹の色は灰の空にくっきりと映るほど、暗かった。
レイも……それを見ていた。
その10秒間の間で世界が無意識に変わった。
虹が消えた直後だった。
レイはふと辺りを見渡した。
「………俺、ここで何をしてるんだっけ」
どうにも記憶に混乱が生じているらしい。
しかしどうしてそうなっているのか、レイにはまるで分からなかった。
そして辺りを見渡す。
前方には……剣を納め、立ち尽くす炎の戦士。
そして後方には………誰もいない。
レイは混乱しながらも思い出す。
目の前の戦士と一人で戦っていたことを。
「あぁ、あぁ!思い出した!神様と戦ってたんだったぜ……!」
レイは強く刀を握りしめ、一人、闘志を剥き出しにしていた。
だが漆黒の戦士は、突如後ろを振り向いた。
そして突如として胸の結晶体から青い炎を溢れさせ自身を包み込むと……自分の存在を焼失させるようにして、レイの目の前から忽然と姿を消した。
「おい……おい……!なんで逃げるんだよ……!おかしいだろ!?神様だからって何したっていいのかよ!?おい、どこ行ったんだよ!答えろよッ!」
怒りを隠そうともせずに怒号を上げるレイ。
しかしレイはそれ以前に大事なことに気付いてはいなかった。
それもそうだろう。
××××が雪を踏み込んだ跡。駆けた跡。赤く滴る跡も全て消えていた。
………されど冬はいつも通り、冷たい雪を地面に撒き散らしているだけだった。
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