風に身を任せて 2024/05/14

 チリンチリン。

 

 窓から入って来た風に身を任せ、ゆらゆら揺れる風鈴が涼しげな音を奏でる。

 この風鈴は昨日までなかったものだ。

 最近暑いので、私が吊るしたのである。


 この風鈴は、『風鈴の違いが分かる私』が、たくさんある風鈴の中から、一つを選んだ特別なものである。

 一つだけを選ぶのは心苦しかったのだが、全てを買うだけの財力は私には無い。

 

 窓の外を眺めていると、すっと黒い影が横切った。

 ツバメだ。

 ああやって風を切って飛ぶ姿は非常にカッコいい。

 日本人に愛されるのも納得のカッコよさだ。


 そして私はあのツバメが羨ましい。

 嫌な事ばかりあるこの現代社会。

 ツバメだったら鳥になって遠いどこかへ飛んでいけるからだ。

 でもゲームできなくなるのは嫌だな。

 てことはゲームを持って、遠くに飛び去るのが最適解か……


 ◆


「ねえ、百合子。

 黄昏ているところ悪いけど、少しいい?」

 取り留めのない事を考えていると、後ろから声を掛けられる。 

 親友の沙都子だ。

 だけど、今日の沙都子は妙に大人しい。

 何かあったのだろうか?


「どうしたの?沙都子?」

「あの風鈴、何なのかと思って……」

 沙都子が、揺れている風鈴に目線を投げる。

 何かと思えば風鈴の事か


「ああ、アレの事?

 アレは百均で買ったの、可愛いでしょ」

「うん、まあ。 可愛いのは同意するわ。 けどね」

 沙都子は、ためを作って言い放つ

「ここ、私の部屋なんだけど」

「おや?」

 沙都子は疲れているのだろうか?

 不思議な事をいうもんだ


「何言ってるの沙都子。

 私、この部屋にほぼ毎日遊びに来ているんだよ。 

 つまり実質、私の部屋」

「面白い冗談を言うのね、百合子」

 沙都子が微笑む。

 だが素人には分からないだろうが、これは営業スマイルである。

 私の渾身のギャグは受けなかったらしい。


「それで百合子、なんで私の部屋につけたの?」

 追及する価値なしと判断したのか、さっさと話題を切り替える沙都子。

 自分のギャグが蔑ろにされた不満はありつつも、沙都子の質問に答える。


「自分の部屋につけようと思ったんだけどさ、家族に反対されたの」

「へえ、ご家族はなんて?」

「『マジうるさい』『さすがに夏には早い』『近所迷惑』『また百合子がバカなことしてる』『何考えているか分からない』。

 ひどくない?」

「ごく真っ当な意見だわ」

「ひどい」

 まさか信じていた沙都子にまで裏切られるとは。

 ……まあ、実は私も同じ事思ったけどさ。


「そういう訳で、飾るのだけなのがもったいないと思って……」

「だからと言って、私の部屋に? 駄目よ」

「えー、だったらほかの部屋に飾っていい?

 部屋、いっぱいあるでしょ」

 そう、沙都子の家は大金持ちで豪邸に住んでいる。

 私が使っていい部屋が一つくらいあるはずだ。

「百合子、この家にはあなたのための部屋は無いの」

 無かった。

 現実は非情である。

 結構期待してたんだけどな。

 本当に残念だ。


 私が落ち込んでいると、沙都子は大きくため息をつく。

 お、部屋をくれる流れか?

「分かったわよ、そのまま吊るしてなさい」

「……部屋くれないんだ」

「何か言った?」

「いえ、沙都子は風流がわかるな、って言ったの」

 まあ、いいや。

 何度も遊びに来れば、部屋がもらえそうなチャンスが来るだろう。


 ◆


「そうだ、もう一つ話したいことがあったのよ」

 沙都子は思い出した、といった風に手を叩いてこちらを見る。

 聞きたくないなあ。

「……何?」

「今日のテストの勝負の事」

 ビクリと体が震える。

「その反応、しっかり覚えているようね」

「ナンノコトカナー」

 私は誤魔化そうとするけど、沙都子はニヤリと笑うだけだった。


「何言ってるの。

 点数勝負しようって言ったのあなたでしょう」

 都合よく忘れたないかな、と思っていたけ駄目だったみたい。

 現実は非情である(本日二回目)。

 

 今朝の話だ。

 私は今日のテストを一睡もせず、勉強して臨んだ。

 つまり徹夜。

 そして登校したとき、妙に気分がハイってヤツになり、沙都子に点数勝負を仕掛けた。

 ルールは簡単、点数が高い方の言うことをを何でも聞く。


「一応私、止めたわよ」

 私が何も言わないので、沙都子のほうが話を続ける。

「あの時の百合子、普通じゃなかったから……

 でも約束は約束。ちゃんと守ってもらうからね」

「分かってる」

 もう勝ったつもりで嬉しそうにはしゃぐ沙都子。

 当然だ。

 私は赤点常習犯で、沙都子はトップ争いしているくらい勉強が出来る。

 勝てる要素がない。


 なんで勝負挑んだんだ、過去の私。

 徹夜明けのナチュラルハイって、恐いね

 ほんと、睡眠大事。


「ああ、明日のテストの採点結果が楽しみだわ」

「それは良かったね」

「ああ、罰ゲームを何にするか、迷うわね。

 百合子、あなたに選ばせてあげるわ。

 スカイダイビング、バンジージャンプ、どっちがいい?」

 さすが金持ちだ。

 罰ゲームに使う金が違う。


「もう少し、庶民的な罰ゲームにしません?」

「いまから百合子の絶叫が楽しみだわ」

「聞いちゃいないし」


 明日は明日の風が吹くって言うけれど、明日は暴風に違いない。

 私は鳥にはなれないけれど、その暴風に身を任せて遠くに行けないだろうか?


 私は、風鈴の音を遠くに聞きながら、現実逃避することしか出来ないのであった。


 ……明日風邪をひいたことにして休もうかな

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