後悔 2024/05/15

『後悔』


 『後悔先に立たず』

 そのことわざの通り、過去のやらかしにどれだけ後悔しても、今の状況には何の意味もない。

 それを分かっていても、こう思わずにはいられない。

 なぜあんな事をしたのかと……


 私は、目に後悔の涙をためて遠くの景色を見遣る。

 正面に広がるのは、感動を覚えるほど美しい夕焼けに染まった町。

 しかし視線を下に向ければ、はるか下に川が見え、あまりの高さに身がすくむ。

 そして高いところにいるので風が強く、吹き飛ばされそうで恐怖を覚える。

 

 なぜこんな事になったのだろう。

 なぜ私は、こんなところにいるのだろう

 なぜ私は、バンジージャンプをしなければいけないのだろう。

 いや分かっている。

 これは罰ゲーム。

 勝負を持ち掛け、破り去った敗者のみじめな末路なのだ。


 しかも全て私が調子に乗ったのが悪いのだから始末に負えない。

 負けたら何でも言うことを聞くという条件で、テストの点数勝負をしたのだ。

 私より数段頭のいい奴にである。

 徹夜で少々気が大きくなっていたとはいえ、なぜそんな事をしたのか……

 さすがに言い訳のしようもない。

 普段は反省なんてしない自分だが、こればっかりは心に刻み、再発防止に努めたい。


「顔色が悪いわね……

 ねえ、百合子。大丈夫?」

 後から私の体調を気遣ってくれる声がする。

 声の主は、親友の沙都子だ。


 バンジージャンプにビビっている私を、優しく気遣ってくれる良き友人である。

 そして、罰ゲームを実行させるため、私をここまで連れてきた大悪人でもある。

 コイツに……

 コイツにさえ勝負を挑まなければ、こんな事には……


「……大丈夫じゃない、って言ったら家に帰してくれる?」

「そうね、もしそうなら待機している医療班の診察の後、体調を万全にしてここから突き落とすわ」

「……鬼」

 なんの慰めにもならない答えを返す沙都子。

 くそう、調子に乗りやがって。


「それにしても知らなかったわ。

 百合子、あなた高いところ駄目なの?」

「……うん、絶叫系とかもダメ」

「そうだったのね……

 てっきりバカと何とやらは高いところが好きって聞くから」

「誤魔化せてないんだけど」

 今日もキレッキレの沙都子である。

 何か言い返したいところだが、さすがに怖すぎてそれどころではない。

 そして思うことは一つだけ。


「ねえ、沙都子。

 私、生きて帰れるかな」

「安心しなさい。

 流石に罰ゲームで、生き死にに関わることはさせないわよ」

「でも、紐がちぎれたりでもしたら……」

「あなたの体重で切れないギリギリの強度を確保しているわ」

「それなら大丈……なぜにギリギリ?」

「一言で言えば、嫌がらせかしら」

「悪魔か」


 まあいい。

 沙都子がそういうのなら、切れて死ぬことは無いだろう。

 さっさと終わらせて、さっさと帰る。

 こんな場所に一秒でもいたくない。

 目を瞑っていれば、いつの間にか終わってるだろう。

 女は度胸。

 今すぐ飛び降りて――


 あ。


「ねえ、沙都子。最後に一ついいかな?」

「何かしら?」

「その体重っていつの体重のこと?」

「連休後に身体測定あったでしょ。

 あれを基にしているわ」

「そ、そっか」

「何かあった?」

「何でもないよ」


 まずい。

 その体重はマズイ。

 私は体重を計る時、少しズルをした。

 体重計に乗ったとき、誰も見ていないことをいいことに、近くにあった机に少し体を預けて、軽く見せかけたのだ。

 だいたい10㎏ぐらい軽くなってるはず。


 そして今私に結ばれているのは、嘘の体重でギリギリに計算されたロープ。

 想定より重たい体重。

 だめだ。

 悲惨な末路しか待ってない。


 なぜあの時私は、何の役にも立たない見栄のために体重を偽装したのか……

 だけど後悔はあと。

 今言えば間に合うはず。


「あの、やっぱり言わなければいけないことが――」

「えい♡」

「うああああああ」

 覚悟する暇もなく突き落とされ、川に向かって落下していく。

 ああ、私はここで死ぬのか。

 一発、沙都子を殴っておけばよかったな。

 だけど、『後悔先に立たず』。

 私の人生は後悔ばっかりだったな。

 私はゆっくり目を閉じて死を待つ。




 おかしい。

 いつまで待っても私の意識ははっきりしたまま。

 もしや、ここは天国か?


 ゆっくりと目を開けると、すぐそばに川の水面が見える。

 そしてヒモが切れてない。

 私は振り子のように、ぶらぶらと揺れている。


 そこで私は気づく。

 体重ギリギリのヒモなんて嘘だと……

 さすがにそんなもの用意するのは、嫌がらせにしては度が過ぎているし、なにより手間だ。

 それに用意したところで、『なんか怖い』以上の効果がないし、事故の可能性もある。

 それを思えば、普通の丈夫なヒモを使い、ちょっと脅かすだけで十分なのだ。

 私はまんまと沙都子の思惑に乗ってしまったらしい。

 おのれ、沙都子。

 私を騙したな。


 怒りに震えながら上を見上げれば、沙都子らしき小さな人影が手を振っているのが見える。

 ここからでは分からないが、きっと満面の笑みを浮かべていることだろう。

 殴りてえ。

 めっちゃ殴りてえ。


 だが殴ったら私は後悔するだけだろう。

 でもそれでいい。

 やらない後悔より、やる後悔。


 待ってろ、沙都子。

 思いっきりぶん殴ってやるからな。

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