失われた時間 2024/05/13

 『本当に大切なものは、失ってから初めて気づく』

 どこかの誰かが偉そうにいった言葉。

 いつ聞いたかは覚えてないけど、『立派なお考えだ』とゲンナリした記憶がある。


 だけど今ならわかる。

 今、確かに失った事で、それが大切なものだと言うことに気づいた。

 なぜ今までぞんざいに扱っていたのか……

 悔やんでも悔やみきれない。

 

 本当に大切なもの。

 それは――


 時間だ。


 ◆


 明日、学校でテストがある。

 期末テストほど重要なテストではないけど、赤点を取ればもれなく親が呼ばれるくらいには重要なテスト。

 呼び出された後は、教師と親のW説教コース。

 ああ、おせっかいの親友の沙都子の説教も追加かな。


 正直、何度も親を呼ばれたことがある自分にとって、赤点を取ったところで痛くも痒くもない。

 けれど、最近は沙都子から勉強しろとを強く言われている。

 勉強したくないのだけど、いろいろ貸しとかある逆らえないのだ。

 なので大人しく言うことを聞いて、今回だけは勉強する事にしたのだ。

 怒らせても怖いしね。


 と、そんな決意をした時刻は午前十時。

 今から一日中勉強をすれば、テストの範囲を十分カバーできる。

 そう思って勉強を始めようと思ったのだが、妙に眠い。

 そういえば、昨晩ゲームをして夜遅くまで起きていたことを思い出す。

 珍しく勉強をやる気になったと言うのに、皮肉なものである。


 始めは我慢して勉強するべきとも思ったのだが、仮眠をとりすっきりさせた方が勉強も捗るだろうと判断した。

 そうと決まれば話は早い。

 すぐに寝床を整え、仮眠をとることにした。


 それがいけなかった。


 ◆


 仮眠から起きると日が落ちていた。

 時刻は午後7時。

 仮眠にしては普通に寝過ぎである。

 何か、疲れるような事でもしたっけ?

 ただの夜更かしのはずなんだけど。

 どちらにせよ、今日はもう遅い。

 これからこれから勉強しても、大した効果はあるまい……

 諦めて、説教を受けることにするか。


 ……いや、まだだ。

 まだ今日は終わってない。

 意外なことに、自分の中には『勉強をする』という意思が残っていた。

 普段なら諦める流れだったのに、本当に珍しいこともあるもんだ。


 とはいえ今から勉強をしても、十分にテスト範囲をカバーできまい。

 だが万全とはいかないまでも、親を呼ばれない程度には点が取れるはずだ。

 幸いにもぐっすり寝たので、眠気は無い

 つまり、体調は万全という事。


 ならば問題ない。

 早速勉強に取り掛かかろう。

 と、まさにその時、お腹がぐううと鳴る。

 そういえば、朝から寝ていたので昼を食べてない。

 腹が減っては戦は出来ぬ。

 とりあえず腹ごしらえしてから勉強しよう。


 ◆


 ふう、いい湯加減だった。

 やはりご飯を食べた後の風呂は格別である。

 そして風呂の後は何をするか……

 決まっている。

 昨日のゲームの続きだ。

 もっとやりたかったのだが、眠気には勝てずリタイア。

 なので続きがやりたくて仕方がない。

 とはいえ明日は学校だから、遅くまでは出来ない

 けれど、それまでは思う存分ゲームを楽しむことにしよう……


 ……何か忘れているような気がする。

 なんだっけ?

 まあ、思い出せないなら大した用事ではないのだろう。

 束の間の至福の時間を楽しむのだ。


 ◆


 布団を敷いて、いざ睡眠となったとき、あることを思い出した。

 テストの事を……


 即座に寝ることを中断して、机に座り勉強を開始する。

 多分一夜漬けになるが、やらないよりましだ。

 そして、なぜ勉強をしなかったのだと、自分に怒りたいが後回し

 後悔している時間すらない。

 範囲とか、赤点とか心配事を全部放り投げて、範囲を片っ端から目を通し、少しでも単語を覚えていく。


 かつて存在したやる気はすでに無い。

 だが、もはや意地の問題である。

 ここまで来て勉強をしない、というのは気持ちが悪いのだ。

 沙都子の怒った顔が怖いと言うのもあるけれど。


 『本当に大切なものは、失ってから初めて気づく』

 ああ、そういえば沙都子から言われたんだっけ。

 私の今の状況を予言でもしたのだろうか?

 そのことについてかんげることもまた、後回しだ。

 今はとにかく時間がない

 

 私は失ったものの大切さを感じながらも、残り少ない時間を取りこぼすまいと、集中して勉強に励むのであった。

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