子供のままで 2024/05/12

 小さい頃、早く大人になりたいと思っていた。

 大人になって冒険者になりたかったのだ。


 ダンジョンに潜り、悪いドラゴンをやっつけ、金銀財宝を手に入れ、お姫さまと結婚する……

 そんな絵本に出てくるような凄い冒険者に憧れたのだ。

 だが現実は厳しかった。


 初めてダンジョンに潜ったとき、スライムに追い回された。

 ダンジョンは、いつも暗くてジメジメしていた。

 ドラゴンとの戦いも命がけで、金にはなるが割に合わない。

 そしてお姫さまどころか、ダンジョンには出会いがなかった。

 

 絵本に出てくる勇敢な冒険者や冒険譚は、絵本の中にしか存在しなかったのだ。


 そん現実に打ちひしがれても、なんだかんだ十年近く冒険者をやり、周りからは一目置かれるようになった。

 子供じみてはいたと思うけど、絵本の中の冒険者に近づいたと思って、ちょっと嬉しかったのを覚えている。


 けれど、とある事件からトラウマになり、ダンジョンに潜れなくなった。

 そのことに思い悩んだものの、その時に出来た恋人のクレアの勧めで、故郷の村に戻ることにした。

 スローライフというやつだ。

 そんなわけで、今俺はかつて子供時代を過ごした家にいるのだが……


「こら、バン。いつまで寝てるの」

「部屋、散らかりすぎ。あとで片づけなさい」

「休みだからって、寝巻のままでいないの」

「着ていた服はちゃんとカゴに出しなさい」

「ご飯の前にお菓子食べるんじゃありません」

「食べた食器は水につけてなさい」

 これである。


 今日は村での仕事が休みということで、遅くまで寝ていたら小言の嵐。

 母親にとって、俺はまだ小さな子供のままらしい。

 確かに小さな子供の頃村を飛びだしてけれど、本当に子ども扱いされるのは心外だ。

 とはいえ飛びだして帰ってくるまでに、全く連絡しなかった後ろめたさがあるので、強くは言えないのだが……


「これでよく生活できたわね」

「今もきちんとやってるよ」

「これで……? 母さんから見たら、手抜きでしかないわ」

 これでも冒険者仲間の間では、よく身の回りを整理をしたほうなのだが、母さんにとっては落第点らしい。


 と、前から聞きたかった事を思い出した。

「あのさ、聞きたいことがあるんだけど……」

「何? 改まって」

 食器を洗おうとした母さんは、台所から戻って来て向かい側の椅子に座る。


「俺、冒険者になって十年くらいだったかな、連絡何もしなかったじゃん」

「そうね」

 母さんは悲しそうな顔をする。

 なんで手紙くらい書かなかったのか、今更ながら後悔する。


「帰ってきたとき、一発くらい殴られるかと思ったんだけど……」

「悪い事をしたとは思ってるのね」

「ああ。 だから、母さんが何も言わず迎えてくれたことが不思議で――」

「ぷっ」

 俺が言いかけている途中で母さんが噴き出す。

 何か変なこと言っただろうか。


「改まって聞くことなの?」

「でもさ」

「理由はね。アンタが私の子供だからよ」

 確かにそうなのかもしれない。

 母さんはそういう人だ。


 でも俺は冒険者の時、いろんな人間の闇を見た。

 見返りを求めない善行なんて存在しないし、裏があるのが当然だった。

 だから、母さんが見返りを求める人間ではないと頭では分かっていても、どうにも落ち着かない気分になる。

 俺が難しい顔をしていると、母さんは何かを思いついた顔をする。


「気にするなら、罪滅ぼしに一つお願いを聞いてもらおうかしら」

「一つでいいのか」

「母さんはね、あんたみたいに欲張りじゃないのよ」

「俺も欲張りじゃないけどな。 お願いって何?」

 そう言うと、母さんはニヤリと笑う。


「『ずっと母さんの子供のままでいなさい』」

「それ、どういう意味?」

 文脈がよく分からない。

 聞いてみるも、母さんはもったいぶってすぐ話さない。


「あの母さ――」

「あんた、近々この村出るつもりでしょ?」

 母さんの言葉に背中に冷たいものを感じる。

 俺がそれを聞いて思った事は一つ……

 なんで分かった?


「『なんで分かった』って顔ね。

 母さんはあんたの事は何でもわかるの……

 気づいてる? あんた、10年前に村を出るときの顔と同じよ」

 思わず自分の顔を触って確かめる。

 だが、何も分からなかった。


「『ダンジョンに行けなくなった』って聞いてたけど大丈夫になったの」

「あ、うん、そうなんだ。 村の近くのダンジョンを見ても、前ほど怖くない」

 村に来た当初は、ダンジョンの事を考えるだけでも震えていたものだが、最近ではむしろ行きたいくらいだし、なんなら近所のダンジョンもこっそり潜った。

 恋人の勧めで帰って来た故郷だが、知らないうちに俺の心の傷を癒していたようだ。

 スローライフって凄いんだな…


「ダメよ、って言っても行くんでしょ?」

「……ゴメン」

「いいわよ。お願い聞いてくれるならね」

 母さんは寂しそうに笑う。


「分かった、ずっと母さんの子供だよ」

「よし、なら許す」

 俺の答えに満足したのか、母さんは満面の笑みを浮かべる。


「出る前には挨拶しなさいね。 前回みたいに急にいなくなるのは無しよ」

「分かってる」

「村を出て落ち着いたら手紙を出しなさい」

「うん」

「あと、一年に一回くらいは村に帰ってきなさい。 お土産もね」

「全然一つじゃないじゃんか。 欲張りなのはどっちさ」

「母親特権よ。 で、約束してくれる?」

 母さんが俺の目をまっすぐ見て言う。


「分かった。 一年に一回は必ず村に戻る。 約束する」

「よろしい」

 母さんはこれで話は終わりと言わんばかりに、椅子から立ち上がり、台所へ向かう。

 俺はその背中を見て、思う。


 きっと俺のトラウマがよくなったのは、母さんのおかげなんだな、と。

 自分で何でもできると思っていたけど、また母さんに守られていたようだ。

 なら子ども扱いも仕方ない事なのかもしれない。


 だからせめて、この村にいる間は母さんの子供でいよう、そう心に決めたのだった。

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