愛を叫ぶ。 2024/05/11

「俺はアイスクリームのことが……好きだぁぁぁぁ」

 観衆が見守る中、俺は腹の底から、アイスクリームへの愛を叫ぶ。

 ここは大声大会。

 声が一番デカい奴を決める大会だ。


 俺は、この大会でこれまでの人生14年の中で一番大きな声を出した。

 きっと参加者の中で一番大きい声だろう。

 優勝はもらったな。


「失格」

 だが失格だった。

「なぜですか!」

 俺は偉そうにふんぞり返っている、開催者の男を睨みつける。

 だが男は無表情のまま、俺を睨み返してきた。


「あのね、分かってる?

 ここは声の大きさを競う大会なの」

「知ってます」

 そんなこと知っている。

 大声大会は、声の大きいヤツが正しい。

 小学生でもわかるだろう。

 俺の事をバカにしているのか?


「では、なぜ――」

 男は、相変わらず表情のない顔で俺に問う。

「なぜ、『決められたセリフ』を言わない?

 ルールで決まっているだろ」

 まるで物わかりの悪い悪役のような言葉を吐く。

 たしかにこの大声大会では、叫ぶセリフが決まっている。

 だが――


「それには理由があります」

「理由?」

 ルールを守らない理由がならある。

 まったくまだ気づかないのか。

 察しの悪い大人だ。


「ユニーク賞狙いです」

「ユニーク賞……」

 男が初めて表情を崩す。

 理解できないという表情だった。

 では説明しなければなるまい。


「『アイスクリーム』と、私は叫ぶの英訳『I scream』(アイ・スクリーム)、そして『愛をscream』の三重に――」

「違う、そういう事じゃない」

 男は俺の言葉を遮る。


「この大会はユニーク賞は無い」

「でも他の大会ではあります」

「ほかも大会はね。だがこの大会はない」

 頑固なヤツだ

 だけど、想定内でもある。

 あらかじめ用意した演説を行う。


「今、世間では多様性が叫ばれております」

「そうだな、それで?」

「こういった時代に『たった一つの決められたセリフを叫ぶ』というのは、時代に逆行してませんか?」

「……何?」

 男が驚いたような声を上げる。


「多様性が叫ばれている時代だからこそ、決められたセリフではなく、自由に叫ぶことが出来る。

 大声大会はそうあるべきではないか?

 俺はそう信じたからこそ、あえて違うセリフを叫んだのです」

「そこまで考えていたのか……」

 男は、俺の言葉に感銘を受けたのか、鼻をすすり始めた。

「君の言う通りだ。儂が間違っていた」

 よし、勝った。


「君の主張を全面的に受け入れよう」

 これで俺はあんな恥ずかしいセリフを言わなくて――

「だから、もう一回叫んでくれ。

 『決められたセリフ』でな」

「は?」

 男の言葉に耳を疑う。


「ちょっと待ってください。 俺の言い分を認めてくれたんですよね?」

「そうだ、認めている、君は正しい。

 しかし他の参加者の手前、君だけを例外扱いするわけにはいかん」

「な、に……」

 何かがおかしい。

 こんな展開になるなんて、どうしてこんなことに……

 俺がショックを受けている間も、男は話を続ける。


「他の参加者の中にも、君と同じように違うセリフを叫びたかったものがいるかもしれない。

 だが、他参加者たちは、そんな思いを押し殺して叫んだ。

 君だけ例外を認めるのは、他の参加者に示しがつかないのだよ」

「でも多様性が――」

「ああ、分かっている。

 来年から、自由に叫んでいい事にしよう。

 だから――」

 俺は見た。

 男は邪悪な笑みを浮かべていた。

 そして男は言う

「だから今年だけは、決められたセリフで叫んでくれ」


 馬鹿な、と頭の中で叫ぶ。

 要求が通ったら、そのまま帰ろうと思っていたのに、こんな事になるなんて。

 奴は俺の要求をのんだ。

 だから次は俺が要求を呑む番だ。


 もし俺がここで逃げれば、卑怯者として笑われるだろう。

 男は俺の要求を呑むふりして、逃げ道をふさいだのだ。

 畜生、大人って汚い。


 頭をフル回転して、なんとか打開策がないかを考える

 だけど何も思いつかない。

 時間が無さすぎるのだ。

 観衆も、俺が叫ぶのを待っている。

 もうヤケクソだ。

 俺は大きく息を吸う。


「お、お母さんいつもありがとう! 僕は頑張っているお母さんの事が大好きです!」

 俺は観衆が見守る中、会場で愛を叫ぶ。

 会場に巻き起こる盛大な拍手。

 その歓声の中で、母親は涙ぐみながら俺の動画を撮っていた……



 だから嫌だったんだよ。

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