モンシロチョウ 2024/05/10

「あら」

 洗濯物を干していると、モンシロチョウが目の前を通り過ぎる。

 お散歩かしら見ていると、チョウは干した洗濯物にふわりと止まる。

 チョウを脅かさないよう静かに見つめて、自然と笑みがこぼれる


 私は蝶が好きだ。

 いろいろな図鑑を集め、時には飼育し、そしてチョウの動画ばかりを見ている

 標本は……可哀そうなのでしたことがない。

 そのくらい好きなので、友人からは蝶婦人と呼ばれている。


「キエエエエ」

 家の隣にある畑から、奇声が聞こえる。

 隣で家庭菜園をやっている、加藤さんだ。

 友人は『超』夫人と呼んでいる


「チョウどもめ、私のキャベツから離れろ」

 超婦人は、蝶を始めとした虫を『超』嫌っている。

 理由は単純、自分が育てた農作物を食べてしまうから。

 モンシロチョウは益虫と思われがちだが、幼虫の方は葉っぱを食べるので害虫なのだ。

 農家にとって不倶戴天の敵であり、忌々しい存在なのである。


 ちなみに『超』夫人と言うのは、私と性質が真反対ということで、蝶婦人にちなんで名づけられた。

 本人はそう呼ばれていることを知らない。

 知っても困るだけだから、言わないのが吉だろう。


 そして、意外にも……かは分からないけど結構仲が良かったりする。

 私とは真反対の性質だが仲良くやっている。

「今日は暑いですね」

 と私が言えば、向こうも、

「暑いですねえ。

 あ、そういえば――」

 と話が広がるくらいには、仲がいい。


 正直、超婦人が農薬でチョウを殺していることに言いたいことはある。

 だが、向こうも私がチョウを飼っている事には、思うことがるだろう。

 だけど『世界にはいろんな人間がいる』。

 当たり前といえば、当たり前の事。

 お互いいい大人なので、互いの領分を侵さない限りは、何も言わないという暗黙の了解。

 不可侵条約と言うやつだ。


 今日も超夫人と井戸端会議で盛り上がる。

 いつもの初夏の日。

 平和な一日であった。

 


🦋


「様子はどうだ?」

「いつも通りです、先輩」

「ならいい」


 暗い密室で、モニターを見つめる人影があった。

 モニターには蝶婦人と超婦人が映っている。

 ここにいる人間は二人を監視しているのだ。


 新人らしき若い男が、ベテランらしき男に話しかける。

「こうして見ても信じられません。 この二人が原因で世界が滅ぶなんて……」

「信じられないのも無理もない……

 だが我が国のスーパーコンピューターはそう結論付けた」

 ベテランは、モニターから目を離さず、説明を続ける。


「世界が滅ぶ条件は覚えているな?」

「はい。 蝶婦人が飼っているモンシロチョウが逃げて、超婦人がそのチョウを殺したら……ですよね」

「そうだ。 そしてモンシロチョウが逃げたら、即座に逃げたチョウを捕獲、無理そうなら俺たちで殺すんだ」

 「分かってます。

 でも、なんで野生でなく飼われたチョウが殺されることで、世界が滅ぶんでしょうか?

 しかもモンシロチョウって指定があるし……」

「直接の原因ではない。

 この二人の行動がきっかけとなり、幾万もの減少が連鎖的に引き起こされ、結果として世界が滅ぶ。

 簡単に言えばバタフライエフェクトというやつだ

 モンシロチョウである理由は…… 正直知らん。

 まあ、俺たちの知らないモンシロチョウ特有の事情があるんだろう」

「なる、ほど?」

 新人が分かったような分からないような顔で、うなずく。


「分からないなら分からないでいい。

 だがモニターに集中しろ」

「すいません」

「いいか、世界の命運は俺たちにかかっている。

 交代要員が来るまで、あと一時間だ。

 それまでに何も見落とすなよ」

「了解」


 それを最後に、二人は会話を終了し、目を皿にしてモニターを見つめる。

 どんな異変も見逃さぬよう、穴が開くほど見つめる二人。

 何があってもいいように、手に虫とりあみを握り締め、世界の危機に備えるのであった。

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