忘れられない、いつまでも。 2024/05/09

 う、嘘だろ。

 全員で、俺をドロ4で狙い撃ちしやがって。

 

 分かった。

 分かってるよ、『UNOで負けた奴は面白い話をする』だよな。

 覚えてろよ。


 で、お題は?

 『忘れられない、いつまでも。』?

 また変なお題を……

 と言っても忘れられないことなんてないぞ。


 俺の人生に特に波乱もなく、お前らと違って堅実な人生を送ってるから、別にそういうのは――

 あ、一つあったわ。

 でもあの話は……


 いや待て、そんな前のめりになるな、分かったから、話すから。

 まったく……

 なんなんだよ、その食いつきは……


 コホン。

 えー、俺が中学生の時の話。

 俺、中学生の時は電車通学だったんだ。

 自転車か電車かっていうギリギリの距離だったけど、まあ、ちょっとだけ背伸びたくてね。

 電車通学にしてもらったんだ。


 それで毎日、通学の時、駅で乗り降りするわけなんだけど、あったんだよ。

 『開かずの扉』。

 学校の最寄り駅の待合室に。

 なんの扉かというと、駅員が待合室から窓口の中に入る、いわゆる業務用ドアってやつ。


 その扉、雰囲気がそれっぽくてな。

 錆が浮いてるし、ペンキもはがれてて、特に扉が開いた時なんか、ギィー……って地獄の底から音がするような――


 え、何?

 『開かずの扉だろ』って?

 いや、開くよ、当然じゃん。

 それ開かないと、駅員さん困るからね。

 全然開かずじゃないって?

 まあ、そうだな。

 

 さっきも言った通り、『いかにも』それっぽいから、俺たちが勝手に『開かずの扉』て呼んでたの。

 子供だったからな、楽しければよかったわけ。

 で俺達が勝手に盛り上がって、いろんな噂をしたわけよ。

 あの扉は開かない、いや開けたら連れて行かれる、とか。

 で、それを聞いてみんな『怖い』とか『やべえ』とか言って楽しむんだ。

 みんな嘘だと知っててね。

 電車通学じゃないやつは信じてたかもしれないけど、まあ怪談ってそんなだよね?


 今思い出しても懐かしい。

 俺の忘れがたき故郷の思い出だな。

 ああ、そんな顔すんなって。

 ここまでは前座。


 俺が本当に忘れられないことは、これから話すことなんだ。

 そんな感じで楽しく、『開かずの扉』で盛り上がった学校生活も3年目。

 季節は……たしか今ぐらいだったと思う。


 学校の近くのコンビニで漫画を立ち読みしてたら、電車の時間が近い事に気が付いたんだ。

 慌てて駅に走ったわけ。

 都会では考えられないけど、故郷は田舎で、電車が30分に1本なんだよ。

 だから遅れまいと、全力で走ったんだけど、待合室まで行ったところで、なんと目の前で電車が出発。

 俺、その場で力が抜けて、その場でへたり込んだのを覚えてる。


 少し放心した後、地面に座るは行儀が悪いと思って、這って近くの椅子に座ったんだ。

 電車が出発したばっかりで待合室はガラガラだったから、椅子は選び放題だった。

 次の電車まで、何をして時間を潰そうかと考えていた時に、一人のおっさんが走って来たんだ。


 おっさんも電車に乗り遅れまいと走って来たみたいなんだけど、まあ、俺と同じで乗り過ごしたんだ。

 でもおっさんは、俺と違う反応をした。

 キレたんだ。

 『なんで、俺が来るまで待たないんだ』ってね。

 遠くから見ていただけなんだけど、アレは酒を飲んでいたね。


 で、突然のクレームに駅員が驚いて、窓口から出てくるわけよ。

 『開かずの扉』を通ってね。

 駅員さんも酔っ払いに慣れているのか、『マアマア』とか『落ち着いてください』ってなだめていたんだ。

 でも、おっさんにはそれが不満だったらしくて、『お前じゃ話にならん、駅長と話す』って言って、窓口に入ろうとしたんだ。

 『開かずの扉』からね。

 そこで、駅員が止めるわけなんだけど……


「そこは開きません。『開かずの扉』です」


 って、それこそ、本当に地獄から響いてくるような、とても低い声で……

 顔こそ笑顔だったけど、得体のしれないものを感じてビビった。

 さっき『開いてたじゃん』とか反論を許さないような、妙な気迫があった。


 おっさんもビビったらしくって、『そっか、じゃあ仕方がないな』って駅を出ていったんだ。

 どこ行ったかは知らん。

 興味なかったからな。 


 それで駅員は、おっさんが去った後、俺のほうに向いて、

「お騒がせして申し訳ありません。 何かありましたら窓口へ」

 って言って窓口に戻っていったんだ。

 一番近い『開かずの扉』を使わず、わざわざ遠回りしてホーム側にある扉まで行って……


 俺、そこで思い出したんだ。

 確かに、駅員があの扉を使ったところは見たことがある。

 けれど、内側から出るのは見たことあるけど、外側から入っていくのは見たことが無いって……

 俺、今気づいたことがとんでもなく意味不明過ぎることに怖くなって、そのまま駅を出て、家まで走って帰った。

 外は暗くなるくらいに家について、帰ってからは自分の部屋で布団に包まってガタガタ震えていた。


 俺、怖くなって、電車通学を辞めて、自転車通学にして、そのまま卒業まで自転車で通った。

 それ以来あの駅に行ってないんだけど、地元の友達に聞いた限りでは『開かずの扉

』はまだあるらしい。


 肝試しに行くって?

 場所は教えてやるから、おまえらだけで行け。

 俺はいかない。


 俺、今でも怖いんだ。

 目の前で起こった意味不明な出来事。

 自分が知っていると思った事が、全然得体のしれないものだと気づいた時の恐怖。

 あの時に感じた、現実感が急になくなる浮遊感。


 忘れられないんだ、いつまでも。

 ずっと。

 俺はあの扉が怖い。

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