優しくしないで 2024/05/02

「優しくしないで」

 思わず口をついて出た言葉に、やっちまったと後悔する。

 そんな事言うつもりはなかった。

 けれど後悔先に立たず、過去は変えられない。


 気まずい雰囲気のまま、彼の顔を伺う。

 案の定、言われた彼は驚いて固まっていた。

 無理もない。

 そんなことを言われるだなんて、夢にも思わなかっただろうから……


「忘れたの? 私はあなたを裏切ったのよ……

 優しくされる資格なんてない」

 さらに彼を突き放すようなお言葉を吐き捨てる。

 きっと彼は、幻滅するだろう。

「そんな事言わないでくれ」

 だが意外にも彼は、私の言葉を否定した。


「確かに、貴女は僕を裏切った……

 でも聞いたよ。僕のためなんだろ」

「母さんに聞いたの? 喋らないでって言ったのに……」

「僕が無理やり聞き出したんだ。 責めないでやってくれ」

 申し訳無さそうな顔をする彼。

 なんでそんな顔をするのだろう。

 私が悪いというのに……


「それで?」

 私は努めて感情を顔に出さないように、彼に語りかける。

「仮にあなたの為だったとしても、裏切ったのは事実……

 裏切り者に、一体何の内容なのかしら」

 彼を傷つける言葉しか言えない私に、うんざりしてしまう。

 なぜ私は、こんな言葉しか言えないのだろうか?


 しかし、彼は私の悪意ある言葉に意にも介さず、私の目をまっすぐ見つめる

 後ろめたさに、思わず目をそらす。


「貴女に伝えことがあるんだ」

「へえ、何かしら?」

 どうせなら酷い言葉を言ってくれればいいのに……

 けれど彼は、そんな事は言わないだろう。


「僕と結婚してください」

 愛の言葉とともに、彼は私に手を伸ばす。

 その手を取りたい衝動に駆られるも、私はその手を取らない。

 取ってはいけない。

 

「私、また裏切るわ」

「裏切らないよ」

「私は醜いの。あなたにはもっとふさわしい人がいるわ」

 彼に背を向けて、拒絶の意思を示す。

 彼から見れば、ひどい女に見えるはず。

 心が痛むが、これは必要なことなのだ。


「そんなことない」

 けれど、酷い仕打ちをしたにもかかわらず、彼は私を後ろから優しく抱きしめてくれる。

 そんな資格、私にはないのに……

「優しくしないで……」

 私は消え入りそうな声でつぶやくのだった。

 

「カーーーーーット」



  🎬



「ごめんね、セリフとちっちゃって」

 私は、相手役の俳優に頭を下げる。

 本来あのシーンは、『優しくしないで』というのは最後だけ……

 私は台本のセリフを間違ってしまい、おおいに彼に迷惑をかけてしまった。

 もしかしたら許してもらえないかもしれない。

「大丈夫です。気にしてません」

 けれど、彼は笑顔で私の謝罪を受け入れてくれた。

 そのことに、心の底から安堵する。

 

「確かにびっくりしましたけどね。でも撮影がうまく行ったから結果オーライですよ」

「監督は『いい絵が撮れた』って大喜びだったわ」

「はい。それに僕も楽しかったです」

 いたずらが成功した子供みたいに彼は笑い、私もつられて笑ってしまう。

「ああ、確かにアドリブうまかったわね。思わず飲み込まれそうになったわ」

「お褒めに預かり光栄です」


 うむ、撮影の時の彼は、非常にイキイキしていた。

 もしかしたら、私みたいにアドリブで有名な俳優になるかもしれない。

 将来有望だ。


「ああ、そういえば」

 と思い出したように、彼は私を見つめてくる。

「外、雨降ってますけど傘持ってます?」

「えっ」

 天気予報は晴れだったはずでは?

 傘なんか持ってきてない。

 となると、近くでタクシーを捕まえて帰るしかない。

 でも予想外の出費に頭が痛くなってくる。

「やっぱり、持ってきてないみたいですね」

 私の考えていることはお見通しらしい。


「傘、貸しますよ?

 折り畳み傘があるんです」

「そんな、悪いわよ」

「安心してください。2本あるんです」

「うーん、じゃあお言葉に甘えて」

 私は差し出された折り畳み傘を受け取る。

 これで濡れずに済みそうだ


「借りが出来ちゃったわね……」

「気にしないでください。

 キレイな人には優しくするのが趣味なんです」

 そう言って、彼は私にイケメンスマイルを向ける。

 ちょっとトキメイてしまう。

 

 そんな優しくしないで。

 そんなに優しくされたら私、惚れちゃうじゃない

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