5月分

カラフル 2024/05/01

 私の目の前には、たくさんの服が並んでいる。

 フリフリのたくさんついた、ドレスと見間違うかのようなカラフルな服の数々。

 これは全て、私のために用意されたもの。

 こんなに服を持っているなんて、まるでお金持ちのよう。


 でも残念なことに、この服は私の物じゃないし、私もお金持ちでもない。

 この服は親友の沙都子のもので、お金持ちなのも沙都子なのだ。

 ではなぜこれらの服は、私のために用意されたのか?


「百合子、こっちの服を着てみて」

「分かった」

 沙都子が、私に服を着せるためである。

 沙都子はお金持ちの令嬢なんだけど、なんでも服のデザイナーになりたいらしい。

 働かなくても生きていけるのに、働きたいなんて変わっている。

 とはいえだ、いつも世話になっている親友の夢、ぜひとも叶って欲しい。

 だから私は沙都子のために、服のモデルを買って出たのだ。

 決して、沙都子の私物を壊したお詫びとかじゃない。

 決して!


「じゃあ、こっちも」

「了解!」

「……」

 まさに夢に向かって一直線といった沙都子だったが、その顔は暗い。

 何かあったのだろうか?


「どうしたの、沙都子? 調子悪いの?」

「……あのさ、これ言っていいのか分からないんだけど」

「珍しいね、沙都子が言い澱むの」

「さすがの百合子も落ち込むと思うから……」

「そんなに!?」

 聞くのが怖い。

 でも聞かないと今晩眠れなくなってしまう。

 深呼吸して覚悟を決め、沙都子に向き直る。


「大丈夫!心配しないで言って」

「それなら」

 沙都子は気まずそうに、私を見る。


「百合子、太った?

 前に測ったサイズで作った服が入らないわ」

「失礼な!成長期だよ!……多分」

 沙都子の言う通り、ちょっとしょげる。

 確かに最近食べてばかりだけど、太るわけないじゃん。

 ……体重計が怖いなあ。


「はあ、今日は駄目ね。全部作り直し」

「ゴメンね私の発育がいいばかりに」

「そうね」

 おや、冗談のつもりだったのに、ツッコミが返ってこない。

 どうしたことか?

 本当に元気がないようだ。 


 やっぱり、沙都子のお気入りのマグカップ割ったのがいけなかったんだろうか

 沙都子の誕生日に百均で買ったカップだったけど、大事にしてたからなあ。

 ……待てよ、割とぞんざいに扱っていたような気もする。

 割る前からヒビ入ってたし、やっぱり違う理由だな

 聞くか。


「ねえ、沙都子。 なにか悩みあるの?」

「ええ、デザインのことでね」

「相談に乗るよ」

「でも百合子はデザイン分からないでしょ」

「そうだけどさ、素人ゆえの着眼点もあるかもだよ」

 私の言葉に、『ふむ』と言って考え込む沙都子。


「そうね。地味だな、と思って」

「地味とはなんじゃい」

「違うわよ。服の方が地味だなと思って」

「……ああ、そういうことね」


 でもすでに派手だとは思うけどね。

 フリフリたくさんついてるし。

 でもきっとそういう話じゃないんだろう。

 沙都子は不安なんだ。

 だから、服にフリフリを過剰につける。

 今までの作った服に違いを持たせたくて……

 多分沙都子はスランプなんだ。

 でもそれならば話は早い。


「じゃあさ、いつもと違う服を作ってみたらどう?」

「というと?」

「沙都子は可愛い系ばっかり作るから、カッコいい系を作ろうよ」

「それ、あなたが着たくないだけでしょ」

 やっぱりバレたか。

 沙都子はたまにカッコいい系も作るけど、圧倒的に可愛い系の服を作るんだよね


「まあ、正直に言えばね。

 けど、いつもと違うものを作れば、違う視点が得られる――

 らしいよ」

「『らしい』ね」

 沙都子は呆れたように、ため息をつく。


「私、何か変なこと言った?」

「いいえ、百合子にしては有益な情報だわ。

 可愛い系は好きだけど、たしかに拘り過ぎてたかも」

「うん、じゃあカッコいい系を――」

「セクシー系を作るわね」

「ズコー」

 思わずずっこける。


「あら、あなたそんなリアクションも出来たのね」

 おかしそうに笑う沙都子。

 私も人生でそんなリアクション取るとは、夢にも思わなかったよ。

 不本意だけど、元気出てよかったことにしよう。


「助かったわ、百合子。 いいものが出来そう」

「え?」

 そう言うや否や、沙都子ははさみを取り出し、服を切り刻み始める。

 足元には切った服の布で、カラフルな模様が出来ていた。


「待って待って、捨てるくらいならちょうだい。パジャマにするからさ」

「捨てないわよ。というか、コレ外出用の服よ」

「さすがにそれを着て外に出る度胸は無い」

 フリフリつけるなって言ってるのに、どんどん増えるんだもんなあ。


「まあ、いいわ。今切ったのはね、捨てるためじゃなくて、スリットを入れるためよ」

 沙都子は、持っていた服を私に見せつける。

 その服は、胸元がぱっくりと開いていた。


「沙都子、セクシー系って、雰囲気セクシーじゃなくて、エロ方面でのセクシー?

 これ『童貞を殺す服』ってやつでしょ、私は知っているんだ。」

「変な造語を作らない。まあ言いたいことは分かるわ」

 造語じゃないんだけど……

 私が文句を言う間にも、沙都子は他の服にもスリットを入れていく。


「ちょっと、セクシー系は私には早すぎると思うんですよね」

「大丈夫よ、こうしてスリットを入れたおかげで、服に余裕が出来たわ」

「さすがに切り込み入れ過ぎでは」

 大胆に入れられた切込みで、動くのは楽であろう。

 けど普通に下着が見える。

 これは別の意味で外を歩けない。

 おまわりさんの目線を集めてしまう。


「仕方がないわ、初めてだもの。

 でもここまで違うものを作れば、たしかに何か見えてきそうだわ。

 さあ、百合子、着るのよ」


 こうして私の出過ぎた助言のせいで、私が着せられる服にセクシー系が加わることになった

 着たくはないのに、沙都子に借りが多すぎるせいで断れない。

 セクシー系の服は、童貞を殺す前に、私を(羞恥心で)殺してみせるのだった。

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