楽園 2024/04/30

「君は楽園を超えた楽園――楽々園を知っているか?」

「あっ、出張から帰って来たんすね、お帰りなさい」

「……ただいま」


 渾身のギャグをサラッと躱された。

 うそだろ、これを言いたくて急いで戻って来たのに……

「なんか元気ないすね? 出張の疲れが?」

「お前のせいだよ」

 文句を言うも首をかしげる後輩。

 とぼけているのか、本当に気づいていないのか……

 だが、しばらく考えても分からなかったようだ。


「残念ながら、何のことだか……」

「さっき、俺がいったギャグをスルーしたろ?」

「ギャグ?」

 またも首をかしげる後輩……

 くそ生意気な。

 昔は可愛かったのに……


「会って最初に言った言葉! 聞いてなかったか!」

「ああ、いつもの変な独り言ですか……」

 ギャグとして認識されていないだと!?

 というか『いつも』って……

 俺、タダのヤバい人じゃん。


「すいません、よく聞いてなかったので、もう一度お願いします」

 もう一度ギャグを言えだと……

 コイツ、どこまで俺を辱めれば気が済むんだ。


「いいだろう、今回は会心の出来だぞ、驚くなよ」

「はあ、期待してませんけど…… どうぞ」

「君は楽園を超えた楽園――楽々園を知っているか?」

「お疲れした」

「待てや」

 逃げようとする後輩の方を、ガシッと力強く掴む。

 逃がさねえからな。


「待ってください、先輩。 言い訳を!」

「いいだろう」

「どこがおもしろいんですか?」

「貴様ぁ」

「変わり身の術!」

 殴ろうと咄嗟に拳を上げるが、シャツを身代わりにして逃げられる。

 こいつ、ニンジャだったのか?


「楽園と楽園で、楽々園だろうが!」

「笑いのツボわかんないす」

 くそ、この面白さが分からないとは。

 仕事以外にも、笑いを教える必要があるようだ。


「ところで、なんで楽々園? 出張で何かあったんすか?」

「ああ、出張先の近くにその名前の駅があったんだ」

「へー、変わった名前っすね」

「少しは興味持てよ」

「と言われても…… 行ったことない土地なんで」

 反応が薄い。

 先輩の話はちゃんと聞けと言いたいが、それを言うとパワハラになるからな。

 ……さっきの暴力は、行使されてないのでノーカン。


「先輩の出張先って、たしか…… 広島でしたっけ」

「ああ。宮島にわりかし近いところだ」

「で?」

「『で?』とは?」

「いや、どんな感じかなと。 楽園要素ありました?」

「……」

「どういう意味の沈黙すか?」

「電車で通り過ぎただけだから分からん」

「話を振っといてそれっすか!?」

 後輩は蔑むような目を俺を見てくる。

 やめろ、そんな目で見るな。


「だが由来は知ってるんだぞ」

「『楽々園』の?」

「そう!」

 少し興味が出てきたのか、後輩は俺の顔をじっと見た。

 少しいい気分になりながら、由来を語る。


「昔――1936年のことだが、当時の私鉄が、旅客の誘致で遊園地が作ったそうだ。

 遊園地のキャッチコピーは『電車で楽々行ける遊園地』。

 それにちなんで『楽々園』となったそうだ」

「遊園地を!? 客寄せで!? 時代が違う……」

 ちょっと後輩がびっくりしてる。

 そうだろうな。

 俺も驚いた。


「今もあるんすか?」

「いや、1971年に閉園した。

 それなりに人は来たようだが、時代の流れだな。

 今はショッピングモールがあるそうだ。

 ちなみに町名も『楽々園』に変わった」


「へー、一つの駅にも歴史ありっすね……

 とこで異常に詳しいすね。

 行ってもないのに」

「wikipediaに書いてあった」

(作者注:上の解説はwikipediaを参照しました)


「感心して損したっす」

 後輩はこれ見よがしにため息を零す。

 やっぱ殴るべきか。


「それにしても諸行無常すね」

「だな」

 一つの駅の記事から、歴史の盛者必衰を見るとは思いもしなかった。

「当時は楽園だったんすかねえ」

「こればっかりは当時の人間に聞かないとな」

「そうすね……」

 後輩は神妙にうなずく。


「で?」

 と思ったら、急に真面目な顔になる。

「『で?』とは」

「仕事が終わったら行ましょう、俺たちの楽園に」

 と言いながら、後輩は何かを飲むしぐさをする。

「先輩のおごりで」

 後輩はニヤリと笑う。


「金がない」

「知ってるんすよ。 出張手当、出たすよね」

「ち、把握していたか……

 だが、ノリの悪い奴と飲んでもな」

「宮島には行ったんでしょ? 俺、その話が聞きたいす」

「……おまえ、そんなに宮島に興味あるの?」

「うす!」

 後輩は元気よく、頷く。

 本当に興味あるかは知らないが、そこまで言うなら仕方がない。

「よっしゃ、おごってやる。

 そして教えてやるよ」


 そして知るといい。

 宮島は鹿の楽園だと言うことを!


 後輩の驚く顔が楽しみだ。

 

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