風に乗って 2024/04/29

 ハロー。

 私、須藤霧子。

 どこにでもいる、今が一番大事な女子高生!

 そんな私には秘密がある。


 それは私は転生者であると言う事。

 今朝の事なんだけど、ここが『パンと少女とファンタジー』というゲームの世界だと気づいたの。

 別にそれだけだったら喜ぶんだけど、このゲームはバグゲーとして有名なの……

 今朝だって遅刻しそうだったから、パンを咥えて転校生とぶつかって、その衝撃で吹き飛ぶという『ぶつかりバグ』が発生。

 そして、そのまま教室の自分の席に着席したってわけ。


 意味が分からない?

 そうね、私もよく分からないわ。

 バグに意味を求めてはいけない。


 そして私の心中は憂鬱だった。

 だって、このゲームには他にもたくさんのバグがあるからだ。

 これからの学校生活どうなっちゃうのー(ガチ泣き)



 ◆



「よし、みんな揃ったなな、じゃあホームルームを始める」

 私が勢いよく着席すると同時に、担任の号令でホームルームが始まる。

 私のダイナミックな着席に誰も驚かない。

 それもそのはず、この世界ではこんな事は日常茶飯事。

 せいぜい『今日は災難だったねw』と友達に笑われるくらい。

 なので、何事も無いようにHRは進行する。


「連絡事項の前に、転校生の紹介だ」

 転校生の紹介!

 このゲームのジャンルは乙女ゲー。

 なので、『パンを咥えた少女が少年とぶつかった』ならば、『ぶつかった少年が転校してくる』のは自明!


 だが残念ながら、ここはバグゲーの世界。

 転校生はやってこない。

 というのも『ぶつかりバグ』のとき、当たり判定の処理をミスって、私と同じように飛んでいったの。

 世界のかなたに……


 なので彼は学校に来ることは出来ないわ。

 ないんだけど、転校イベント自体は発生するのよ……

 代役を立てて……

 そこまでやるなら本人をワープさせろよ思うけど、そうはならないのはこのゲーム。


 しかも代役の人選がとんでもないの。

 『ぶつかりバグ』が発端のこのイベントは頭が痛くなる展開になる。

 だから正直もう帰りたいんだけど、椅子に根が生えたように動けない。

 これがゲームの強制力?

 バグゲーのくせに、そこだけは律義なことしやがって!


「入ってくれ」

 私が逃げたがっていることも知らず、先生は転校生(?)を呼ぶ。

 そこに入って来たのは――


「フハーハハハ、我は魔王。 下等な生物どもよ、我にひれ伏せ」

 魔王であった。

 意味が分からない?

 大丈夫、このバグに遭遇したプレイヤー全員が首を傾げたから。

 あまりにも突拍子もない展開に、『隠しルートでは?』と疑った人もいて、ゲームを解析したらしいのんだけど、純粋なバグと判明。

 どうバグったら、こうなるんだろうね?


 本来のイベントでは、主人公の私は『朝は気づかなかったけど、よく見ればイケメン』の彼にトゥンクするはずだったのだけど……

「ククク、ハーハッハ」

 私を待っていたのは、百年の恋すら冷める展開だった。

 転校生は、私のストライクゾーンのど真ん中だっただけに残念で仕方がない。

 バグさえ起こらなければ、ロマンスが始まったのに……

 バグさえ起こらなければ!


 あとなんか、風に乗ってバラの香りもするね。

 転校生が登場したときのバラのエフェクト、こういう意味だったのかと感心する。

 なんで窓を閉めきった室内に風が吹くかは、考えても意味がない。 

 だってバグゲーだから。


「じゃあ、自己紹介を」

「思いあがるな、人間ども。 貴様らに名乗る名は無い」

「はい、ありがとう」

 そこ流しちゃダメでしょう、先生。

 クラスメイトも騒いでいるけど、『厨二病、初めて見た』といったもの。

 まあ、突然『魔王だ』と言っても誰も信じんわな。


 私が世の中の不条理を嘆いている時、突然魔王が私の顔を凝視する。

「須藤霧子、貴様を殺す!」

 親の仇でも見つけたように睨みつける魔王。

「なんだ、須藤。知り合いか?」

「いいえ、初対面です」

 前世ではゲームの中で殺し殺される仲でしたが、今世では初対面です。

 ちなみにこのセリフ、ゲーム終盤の熱い展開の時の物。

 間違っても、何も始まってない今に吐くセリフではない。


「ならちょうどいい。 須藤の隣の席が空いてる。 そこに座れ」

 先生、冷静過ぎやしませんか?

 彼、私を殺すと言ってるんですよ?

 生徒の生命の危機ですよ?

 嘘でもいいから、『生徒は俺が守る』って言ってくださいよ。


 私が心の中で文句を言っている間も、魔王は私を睨みながら、ゆっくりと指定された席に移動する。

 だが不思議なことに、空いているはずのその席はもう座っている人間がいる。

 誰かって?

 転校生です。

 なんで座っているかと言えば、『それは転校生のための席だから』という他にあるまい。


 ちなみにワープとかではないです。

 最初からここに座っていて、今でもぶつかった転校生は飛んでいるし、なんなら『ぶつかりバグ』が無くてもここにいる。

 何が言いたいかと言うと、この世界に転校生は二人いるってわけ。

 別に伏線とか設定とかはない。

 純粋な(略)

 開発チームは。本当にテストプレイしたのだろうか?


 という訳で、魔王は指定された席を素通り。 

 そのまま、教室の扉の前まで移動する。

「貴様の顔、覚えたぞ」

 捨て台詞を吐き、教室から去っていく魔王。


 頭が痛いイベントも、これで終わり。

 だが残念ながらこれは序の口。

 他にも頭痛が痛くなるイベントが目白押し。

 私の物語は始まったばかりだ……




 ふと窓の外を見れば、世界を一周したのか、今も吹っ飛んでいる転校生が見えた

 はあ、私も風に乗ってどこかに行きたいな……

 辛い現実を前に、私は妄想するしかないのだった

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