善悪 2024/04/26

 仲の良い友人数人と、行きつけの喫茶店に行った。

 その喫茶店は、落ち着いた雰囲気で、値段もお手頃なのでよく利用している店である。

 そして揃いも揃って金のない俺たちは、全員お得な日替わり定食を頼む。

 安さは善。

 これからもお得であってもらいたいものだ。


 友人と取り留めのないことを話していると、定食が配膳される。

 今日の定食は目玉焼きセット。

 また目玉焼きに掛けるためなのか、様々な調味料セットも運ばれてきた。

 ぱっと見ただけでも、バラエティ豊かな調味料がある。

 『まったく、こんな調味料誰が使うんだよ』と思いつつ、醤油を取ろうとしたときに事件は起こった。


「……おい、Bよ。貴様、何をかけた?」

「なんだよ、A。トンチか?」

 Bの目玉焼きは既に調味料がかかっていた。

 だが――


「とぼけんな。目玉焼きに何かけてやがる」

「何って…… マヨネーズだが?」

「ふざけんな。目玉焼きは醤油一択!

 唯一絶対の善! マヨネーズなど悪だ」

「はあ!? Aは醤油でかけるからっていい気になるな。

 多数派に迎合した軟弱者め!」

 軟弱者!?

 Bめ。俺の事を軟弱者だと!

 だが正義はこちらにある。


「C、貴様からも言ってやれ」

 隣に座っているCに同意を求める。

 Cも俺と同じく、目玉焼きに醤油をかけている。

 きっと俺に味方してくれるだろう。

 だが俺の期待とは裏腹に、返ってきた言葉は予想だにしない言葉であった。


「俺はどうでもいい」

「は?」

 『どうでもいいってど、ういうことだ?』

 そう問いただそうとCの顔を見れば、非常に穏やかな表情であった。

 いや、違う。

 Cの表情、これは……哀れみ?


「醤油? マヨネーズ? 馬鹿馬鹿しい。そもそも貴様らは前提が間違っている」

「「前提?」」

 思わず、Bと目を合わせる。

 Cはいったい何をいっているんだ?

 そもそも目玉焼きに前提とかあったか?


「目玉焼きは、そもそも半熟が至高。

 今食べている目玉焼きが、固焼きの時点でこの議論の価値は無い」

「「うるせえ! 半熟でも固焼きでも、どっちでもいいだろ!」」

「どっちでもいいとはなんだ。大事だろうが!」

 急にCがヒートアップしてきた。

 なんでコイツ、焼き加減に情熱をかけているんだ?


「ねえ、みんなやめようよ。 喧嘩は駄目だよ」

「「「お前は黙ってろ。」」」

 見かねたDが口を出してくるが、3人で止める。

 こいつが目玉焼きにかけているのは、メープルシロップである。

 ありえん! ていうか、なんで用意してんの?


 議論が白熱する中、Eが何も言わないことに気づく。

 そして箸すらつけず、じっと目玉焼きを見つめていた

「おい、E。お前何してんだ?」

「うん、俺目玉焼きが嫌いなんだよ」

「「「「じゃあ頼むなよ」」」」

 友人全員が見事にシンクロする。


「だから俺は主張することなんてない。今回はおまえたちに勝ちを譲ってやる」

「「「「情けを掛けんな!」」」」

 Eが一番ありえなかった。


「あの、お客様、よろしいですか?」

 Eに言い返そうとしたとき、突然声を掛けられる。

 声の主を見れば、なんとこの店の店長であった。


「他のお客様がいらっしゃるので、お食事はお静かにお願いします」

 俺たちは絶句した。

 ここは喫茶店、静かに食事する場所。

 決して騒いでいい場所ではない。

 つまり、俺たちは異端者を正すという善い事をしているつもりで、周りに迷惑をかけるという悪事を行っていたのである。


 現状を正しく認識した俺たちが言っていい事は一つだけ。

「「「「「すいませんでした」」」」」


 店長が持ち場に戻った後、俺たちは一言も発することなく、静かに目玉焼きを食べる。

 それだけが、お店に対して俺たちの出来る、唯一の善行だった。

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