生きる意味 2024/04/27

 私は親友の沙都子の家で勉強していた。

 沙都子は勉強できない私に付き合ってくれる、私にはもったいないくらい出来た友人だ。

 だけど私は、そんな尊敬すべき友人のために言わなければいけないことがある。


「ねえ、沙都子。少しいいかな」

「どうしたの、百合子?」

「『生きる意味』って何だろうね?」

「……百合子、ふざけてないで大人しく勉強しなさい」

「私は真面目だよ!」


 私の問いかけに、沙都子はそっけなく返す。

 沙都子は、私がふざけていると思ったらしいが、今日はいたって真剣だ。


「沙都子は、今の状況がおかしいと思わなないの?」

 沙都子は胡散臭そうな目で、私を見つめる。

 あまりの冷たい目に、気後れしそうになるがなんとか踏みとどまり、言葉を続ける。


「今日はゴールデンウィーク初日!

 世間ではどこに行こうかってウキウキしてる……

 なのに私たちはどう? なんで勉強しているの!?

 私たちは華の女子高生! 今と言う瞬間はもう二度と来ない。

 遊べるときに遊ばなきゃ、生きてる意味なんてないんだよ」

 考える前に、私の中から言葉が出てきた。

 自分で自分の熱さに驚くけど、この想いの熱さならきっと沙都子を説得できるに違いない。


「だから遊びに行こう。 問題集なんてほっといてさ」

 届け、私の想い。

 そう願いを込めて、沙都子の目をじっと見る。

 だが沙都子の目は相変わらず感情の無い目であった。

 やっぱ、これダメかな?


「うん、百合子の言いたいことは分かったわ」

 沙都子はゆっくりと口を開く。

「確かに私も、今日ここで勉強しているという状況に、思うところはあるわ」

「でしょ」

「ええ。 そして遊びに行くというのも素晴らしい考えだわ」

「うんうん」

 沙都子は私に全面的に同意してくれた。

 相変わらず冷たい目のままで。


「じゃあ、早速遊びに――」

「でもね……」

 沙都子は私の言葉を遮るように、ゆっくりと言い放つ。


「それもこれも全て、あなたがGW前に終わらせないといけなかった課題を一切してなかったからよ」

「うぐっ」

 沙都子の反論にぐうの音も出なかった。

 バカな……

 私の完璧な計画の、唯一の弱点を見破られるとは!


「私、本当は関係ないのよ。

 でもね、私言われたのよ。

 先生から『コイツは一人じゃ絶対に課題をこなさないだろうから、面倒を見てやってくれ、頼む』って。

 申し訳なさそうに……」

「そこは大変申し訳ないと思っております」

 本当に、心の底から申し訳ないと思っている。

 そして『放置してくれればよかったのに』とも。

 放置してくれれば、私も気兼ねなく課題をほっといて遊びに行ったのに。

 さすがにそれは言えないけども


「ねえ、答えてくれる?

 私も遊びに行きたいのを我慢して、百合子の勉強に付き合っているっていうのに、本人の口から遊びに行こうって誘われるのよ。

 どう思う?」

「えっと、少々デリカシー無かったかなと反省しております」

 沙都子が怒ってる。

 やはりダメだったか。


 沙都子は怒らせると怖いんだよな。

 何されるか分かんないという意味で……

 部屋の片隅にある、『百合子ぶっ殺しゾーン』を横目で見る。

 未だにアレが何なのか理解できてないけど、アレを使わせることだけは避けたい。

 なんとかフォローをしなければ。


「うん、私もさ、さすがに沙都子に悪いと思っているの。

 だから、ほら、遊びに行けば沙都子の気分転換にいいかなと思ってさ」

「だったら早くノルマの分やって頂戴。

 そうすれば私も遊びにいけるわ」

「はい」

 まっとうな反論に私は大人しく引き下がる。

 遊びに行きたがっている沙都子が、『行かない』っていうなら、それ以上何も言うことは出来ない。


 私は渋々、積みあがった課題に手をかける。

 終わりの見えない問題集に絶望を覚える。

 こんなのを解いたところで、なんの意味があるのか?

 こんなの解いたところで、『生きる意味』なんて解明できるのだろうか?

 唐突で取り留めのない思考が、私の頭の中をぐるぐる回る。


 ああ、集中できない。

 気分転換したい。

 なんでこんなことに。

 課題さえなければ、オシャレな喫茶店でケーキを食べる予定だったのに。


「ケーキ食べたい」

 心の声が漏れ出る。

 ヤバっと思い、沙都子の様子を伺うが、何の反応も無かった。

 聞いてないのか、聞かなかったことにしたのか。

 どちらにしても助かった。

 ならば、私はこのケーキを――じゃない課題を終わらせて、ケーキを食べに行くだけだ。


「……」

「……」

「……」

「……」

「ケーキ食べたい」

「……」

「……」

「……」

「ケーキ食べたい」

「……」

「ケーキ食――」

「ああもう!」


 沙都子は突然部屋から出ていく。

 やっぱり怒ったか?

 不安に襲われながら沙都子の帰りを待つこと数分。

 部屋に戻ってきた沙都子が持っていたのは、ケーキと紅茶のセットだった。


「今はコレで我慢しなさい」

 そういって沙都子は、私の前にケーキセットを置く。

「ありがとう」

 まずお礼をいってから、ケーキを貪り食う。

 ケーキの中の糖分に体が反応し、なんともいえぬ幸福に包まれる。

 これだよ、これ。

 私が欲しかったのは!


「ちゃんと味わって……

 まあいいわ、少し休憩したら続きをするのよ」

「オッケー」


 頭に糖分が回り、思考がクリアになる。

 すさまじい万能感。

 絶望的に見えた課題の山も、今の私ならできる。


 そして課題を終わせてケーキを食べに行こう。

 俄然やる気が出てきたぞ。

 きっと人間って言うのは、ケーキを食べるために生まれてきたのだろう。

 これが『生きる意味』ってやつか……


 課題ごときが何するものぞ。

 私はケーキの甘さを噛みしめながら、少しずつ課題をこなしていくのだった。

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