雫 2024/04/21

 とある小学校の、とある教室。

 その休憩時間、子供たちは自分の好きなように過ごしていました。


 外で遊ぶのが好きで、外でサッカーをする子。

 寝るのが好きなのか、机に突っ伏して寝ている子。

 友達とおしゃべりするのが好きな子。

 そして本を読むのが好きな子。


 何の変哲もない休憩時間の風景。

 そして休憩時間は元気いっぱいの子供たちも、授業となれば静かになります。

 学級崩壊もなく、皆真面目に授業を受ける……

 何の変哲もない一般的なクラスでした。

 ですが、こんな平和なクラスにも、学校の先生たちが頭を悩ます二人の生徒がいます。

 


 一人目の名前を、鈴木 太郎といいます。

 容姿はこれと言った特徴は無く、物静かな印象を受ける、本が好きな子供です。

 休憩時間はいつも本を読んでいます。

 そして、『読書に集中するあまり、周りの事に気が付かないタイプ』でした。

 何も知らない人間からは『大人しくていい子』と見られるこの少年……

 実は、学校の行事を当たり前の様に休み、授業態度も悪い、超問題児なのです。

 何度言っても反省せず、『あいつはもうだめだ』と先生たちも半ば匙を投げていました。


 二人目の名前は、佐々木 しずく

 太郎とは違い、彼女は校則ギリギリまで制服を改造し、派手な印象を受ける、オシャレが好きな子供です。

 休憩時間はいつも、友達とおしゃべりしています。

 そして『おしゃべりに夢中になるあまり、周りの事に気が付かないタイプ』でした。

 何も知らない人間からは『学校の風紀を乱している』と見られるこの少女……

 実は、学校行事を率先して参加し、授業も真面目に受ける、超優等生なのです。

 ですが何度いっても服装だけは絶対に改めず、『服装さえ直してくれれば文句は無いのに』と先生たちから嘆かれていました。


 正反対で、一見接点のなさそうなこの二人……

 物語は、雫が太郎に声をかけるところから始まります。



 ◆



 とある日の昼休憩の時間の事でした。

「ねえ、タロちゃんタロちゃん、何読んでるの?」

「……」

 雫は親し気に、太郎に呼びかけます。

 ですが、太郎は読んでいる本に集中しており、全く気が付きません。

「おーい、タロちゃんー」

「……」

「ねえってば!」

「……」

 呼び続けても太郎は身じろぎ一つしません。

 このまま呼びかけても、らちが明かないと考え雫は、太郎の肩を掴み揺さぶりました。


「へ?え?何?」

 太郎は驚いて、読んでいた本から顔を上げました。

「やっと気づいた。 何回呼んでも、気づいてくれないもん」

「え?ああ、ごめん」

 太郎はよく分かりませんでしたが、とりあえず謝りました。

 そして混乱しながらも、状況の把握のために声をかけてきた人間の顔を見ます。

 ですがそれが雫だと気づき、太郎はげんなりしました。


 というのも太郎は、雫とは出来れば関わり合いになりたくないと思っていました。

 雫は容姿こそ太郎の好みでしたが、太郎はギャルが嫌いなのでした。

 『ギャルのような陽キャは、自分のような陰キャを馬鹿にしている』と思い込んでいるのです。

 太郎は卑屈でした。


「なんで、私の顔を見て嫌そうな顔をするの?」

「別に……」

 ただし、太郎にはそれを直接言うほどの度胸はありませんでした。


「それで何の用? 佐々木さん」

「ええー、そんな他人行儀みたいな呼び方をしないで。

 雫って呼んでよ、タロちゃん」

「へっ」

 太郎はまたも混乱しました。


 タロちゃんと呼ばれたこともですが、親しくない女子に名前呼びを要求されるとは夢にも思わなかった(妄想ではあった)からです。

 『これがギャルか…… 距離感がおかしい』と、太郎は思いました。

 もちろん思うだけで、特に何も言いませんでした。

 要求を無視することにしました。


「それで何の用? 佐々木さん」

「雫って言って」

「……」

「雫」

「……雫」

「オッケー」


 太郎は屈しました。

 太郎は度胸も無ければ根性も無いのです。


「それで何の用? ……雫」

「うん、タロちゃんが何の本を読んでるのかなと思って」

 3度目の質問にしてようやく答えが得られたことに、太郎は安堵しました。

 太郎は読んでいた本の表紙を見せます。


「ありがとう…… うん、やっぱりこれアニメでやってるやつだよね」

「うん、これが原作」

「おおー」

 雫は思わず感動の声を上げました


「小説好きなの?」

「うん」

「カッコいい」

「う、うん」

 太郎は急に褒められて、照れてしまいました。

 そして『これがオタクに優しいギャル!? 実在したのか』と勝手に感動していました。

 太郎の中で、雫への好感度が爆上がりしていきます。


「ねえ、タロちゃん。コレの一巻持ってる?」

「家にあるけど……」

「貸して」

「やだ」

「おねがーい」

「やだ」

 雫の渾身のお願い攻撃にも関わらず、太郎は断りました。

 太郎は自分のコレクションを他人に触らせたくないタイプのオタクでした。

 こんな時にだけ、太郎の意思の強さが発揮されたのでした。

 

 そして太郎は代替案を提示します。

「自分で買えよ」

「無理。 ママからお小遣いもらえないの」

「そのたくさんのアクセサリーとか髪飾りは?」

「コレ? これはお下がりとか、貰いものとか…… お金無いから、貰いものでやりくりしているの」

「ふーん」


 太郎は気のない返事で答えます。

 正直雫のお小遣い事情には興味が無かったからです。

 ですが、心の中に少しだけ同情する気持ちが芽生えていました。

 同じ作品を愛するものとして何とかしてやりたいと思ったからです。


 雫とは関わりたくない。

 だけど、この小説もおもしろいから読んで欲しい。

 太郎は心の中で葛藤した末、結論を出しました。


「分かった。 貸してやる」

「ほんと、うれしー」

 雫は嬉しさのあまり、その場で飛び跳ねました。

 雫の短いスカートがめくれそうになり、思わず太郎は目をそらします。

 太郎は紳士なのです。


「一つだけ条件がある」

 太郎の言葉に、雫は飛び跳ねるのをやめます。

「もう少し大人しめの格好をしてくれ。スカートも長くして」

「えー可愛いじゃん」

「派手な格好が苦手なんだよ」

「ふーん。まあ、いっか。タロちゃんに嫌われても仕方ないしね」

 雫は太郎のお願いを受け入れました。


「あ、そうだ。 せっかくだから、私も言うね。

 授業中に本を読むのは駄目だよ。授業はちゃんと受けましょう」

「いや、でも――」

「だめ」

「……」

「持ってきちゃいけないスマホを持ってるの、先生に言うよ」

「う、分かったよ」

 太郎は、隠れてゲームをするため、先生に内緒でスマホを持ってきていました。

 大事なスマホを没収されてはたまりません。

 渋々ながらも雫の要求を飲むことにしたのでした。


 こうして二人は、お互いに駄目なところを直すことを約束したのでした。


 ◆ ◆


 その二人の様子を見ていた人物がいました。

 香取 翔子という担任の教師です。

 翔子は、この問題児二人をなんとか更生しようと頑張っていました。

 ですが、頑張りに対してあまり効果が出ていないのが現状でした。


 しかし、二人のやり取りを見て、自分が間違っている事に気が付きます。

 過度の干渉はかえって反発され、成長の妨げになると……

 そして教師があれこれ言わずとも、子供同士の交流で子供たちはお互いを刺激し合い成長すると言うことを……

 

 途中で聞き捨てならないことが聞こえましたが、些事な事。

 教師にとって、子供の成長は何よりも喜ぶべきことなのです。


 翔子は感動でのあまり、目から雫を――もとい涙を流すのでした。

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