何もいらない 2024/04/20

「おお、成功だ」

 目の前の描かれた魔法陣が妖しく輝く。

 昨日の晩から寝ずに作り上げたものだが、成功してよかった。

 失敗などしようものなら、ベットで寝込むところだった。

 徹夜して眠いからね。


 そんなことを考えている間にも、魔法陣の光がどんどん強くなっていく。

 目が開けてられないほど強くなり、思わず目をつぶる。

 そして光が収まった後目を開けると、魔法陣の上に一人の男が立っていた。


 その男は男の自分から見ても見問えるほどの美形であった。

 文字通り、人間離れした美しさだ。

 だが、姿かたちこそ人間だったが、頭に生えている角がその男を人間でないことを表していた。


「問おう、我を呼んだのは貴様か」

 目の前にいる悪魔は、低い声で自分に問いかけてきた。

「そうだ」

 俺は少しビビりながらも頷く。

 ぎこちなかったと思うが、悪魔は満足したらしく話を続ける。


「よかろう。

 では貴様の願いを叶えてやる。

 だが、その代わり貴様の魂をもらう。

 言え、何を望む!」

 悪魔は仰々しく宣言する。

 ここまでは予想通り。

 あとは、前もって決めていた言葉を言うだけだ。

 深呼吸して決意を固める。


「何もいらない」

「いいだどう。貴様の願いを叶えて――待て。

 貴様何と言った?」

「何もいらないって言った」

 悪魔は信じられない、といった表情で俺を見つめる。


「何もいらない……?

 ではなぜ我を呼んだ。」

 もっともな疑問である。

 呼び出した俺には説明責任があるだろう。


「呼びたかっただけだ」

「は?」

 悪魔が間抜けな声を出すが、無理もない……

 だが、呼び出したのには理由があるのだ。

 

「実は昨日、悪魔がいるかどうかで娘と喧嘩したんだ。

 いつもは俺が引き下がるんだが、黒魔術を信奉する俺としては引くことが出来なくてな……

 こうして、悪魔がいるかどうかを証明するために、貴様を呼んだ」

 悪魔は何も言わなかった。

 驚きすぎて声も出ないらしい。


「と言うことで帰っていいぞ。

 あ、その前に写真を……」

 パシャとスマホのカメラで写真を撮る。

 うむ、見てくれが美男子なだけあって、写真写りがとてもいい。

 これなら、娘も悪魔の存在を――

「そんな訳があるか!」

 悪魔は我慢できないとと言わんばかりに口を開く。


「我は、魂を代償に願いを叶える誇り高き悪魔だ。

 呼んだだけ?

 写真を撮るだけだと?

 ふざけやがって」

 悪魔は俺を殺さんばかりの目つきで俺を睨む。

 思わず意味もなく謝りそうになるが、悪魔に屈するわけにはいかない。


「そこをなんとか、帰ってもらえないだろうか」

「黙れ。魂どころか何も得る物が無かったのでは、我も笑いものだ!」

 悪魔が睨みつけてきて、思わずたじろぐ。

「貴様を殺して帰るのも簡単だが、我にもプライドがある。

 何が何でも願いを叶えて魂を貰う!」

「俺は絶対に願いを言わない。さっさと帰れ!」

「……それが望みか?」

「それはノーカン!」


 悪魔と言い争いをしていると、突然部屋の扉がノックされる。

「ねえ、父さん。そろそろ出てきてよ、私が悪かったからさ。ご飯食べよう?」

 娘の声だ。

 なんとタイミングの悪い。

 確かに娘に信じさせるため悪魔を呼んだが、会わせるつもりはない。

 娘を危険な目に会わせては父親として失格。

 ここは適当に言い含めて追い返そう。

 と考えていると、悪魔が妙に静かなことに気が付く。


「ああ、そうか……

 別に魂を貰うのは貴様じゃなくてもいいな」

「!」

 こいつ、俺じゃなくて娘の魂を!?

 何とか阻止しなくては!

 だが俺が止める前に、悪魔は行動に移す。


「すまん、見せたいものがあるから入ってきてくれ」

 なんと悪魔が俺の声と同じ声で、娘に入るよう促す。

「ちょ――」

「何?」

 娘は何も疑うことなく部屋に入ってくる。


 そして部屋に入って来た娘は、悪魔を見て目を見開いた。

「あっくんじゃん」

 と、悪魔に対して、まるで友達に会ったかのような声を出す。

 あっくんて何?

 そして悪魔も驚いている。

 ……どういうこと?


 驚いている俺と悪魔をよそに、部屋を見回しながらフンフンと頷いていた。

「なるほど、謎は全て解けた」

 娘は得意げな顔で推理を披露し始めた。


「あっくんと父さんが協力して、私に悪魔の存在を信じさせようとしたのね。

 部屋に魔法陣書いて、色々小物を用意して、あっくんを悪魔に仕立てて……

 残念ながら私とあっくんが知り合いだったから、計画は失敗したと……」

 儀式用に用意したどくろのイミテーションを手に取りながら、娘は「手の込んだことを」と呆れたように笑う。


「まったく心配して損した。ほら、ご飯が冷めるからリビングに来てね。

 あっ、あっくんもついでに食べていきなよ。

 先行ってるから」

 と、喋るだけ喋って部屋から出ていった。


 俺と悪魔の間に、気まずい空気が流れる。

 いたたまれない。

「知り合いなの?」

「はい、クラスメイトで、彼女と付き合ってます」

「え、付き合って……」

 まだ新情報が出てくる。

 展開に付いて行けない……


 悪魔は先ほどまでの勢いはどこへやら、ずいぶんと大人しくなっていた。

「あ、彼女には僕が悪魔だっていう事を黙って下さい。

 彼女、悪魔の事信じていないので……

 その代わり願いを一つだけ叶えます。

 もちろん、魂はもらいません」

「別に……」

 今の気分で叶えて欲しい願い事なんてない。

 しいて言うなら放っておいて欲しい。

 だが俺の気も知らず、悪魔は食い下がってくる


「何でも言ってください。

 彼女に嫌われないためなら、なんでもします……

 あっ、もし足りないなら、願い事3つくらい叶えましょうか?」

「いらないいらない」

 これはどうも何かお願いしない限りは、引き下がらりそうにない。

 だけど、なんにも思いつかな――


 …あっ

 ある、月並みだけど一つだけ。

 これを言うのは恥ずかしいけど、でもいつかは言わないといけないことで、なら別に今でもいいだろう。

 居住まいを正して、悪魔の目をしっかりと見据える。


「娘を幸せにしてやってくれ、他には何もいらない」

 それを聞いた悪魔は一瞬キョトンとした後、

「絶対に叶えて見せます」

 そういって満面のの笑みを見せたのであった。

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