もしも未来が見れるなら 2024/04/19

 カリカリカリ。

 私は一人、無駄に広い部屋で勉強をしていた。

 『勉強ではなく、他の用途に使った方がいいのでは? たとえばスポーツとか?』と思わせるほど広い。

 ていうか、広すぎて落ち着かない。

 この部屋で勉強は無理でしょ……


 もちろんこんな大きい部屋、自分の部屋ではない。

 お金持ちの友人の沙都子の家にある、たくさんある部屋の一つだ。

 勉強嫌いの私が、沙都子のウチで勉強しているのには理由がある。


 これは私が、沙都子の物を壊してしまった罰である。

 つい先ほど、私が沙都子の部屋にあった皿を割り、『許してほしければ、この部屋で勉強しろ』と閉じ込められたのだ。

 なぜ物を物を壊したことの償いが勉強になるなのか……

 さっぱり分からないものの、全面的に私が悪い事だけは分かるので、沙都子の言うことに従うだけである。

 だって私が割ったあの皿、1000万って言うんだよ。

 口答えせず、勉強するのが吉である。


 それにしても、こうして机に向かって勉強するのは何年ぶりだろうか?

 私は勉強することが、大嫌いなのだ。

 罰として、的確に私の嫌な部分を攻めてくる沙都子……

 さすが我が親友だぜ。


 とはいえ、とはいえだ……

 なんとか勉強しないで済む方法は無いもんか?

 もし学校の成績が良ければ、沙都子もこんな事を言わなかっただろう。

 だって『必要ない』の一言で突っぱねられるもん……


「あーあ、もしも未来が見れるなら、テスト問題を予知していい点とるのに……」

「随分と余裕ね、百合子。 宿題終わった?」

 沙都子がいい香りのする紅茶を持って、部屋に入って来た

「休憩にしなさい。根を詰めても効率は悪いからね」

「それ、勉強を強制させる本人が言う事?」

「あなたが勉強しないのが悪いのよ」

「別に私が勉強しなくても関係ないじゃん」

 たしかに私は勉強が出来ない。

 けれど、私が勉強できないというのは、百合子には全く関係のない事である。

 だって私が怒られるだけだもの……

 しかし、沙都子は私の言葉を肯定しなかった。


「関係あるのよ……

 あなたが宿題忘れたり、テストで悪い点を取ると、先生が私に言いに来るのよ……

 百合子が先生の言うことを聞かないから、いつも一緒にいる私に言うのよ」

「ああ、それでか……

 先生が小言を言わなくなったぐらいに、沙都子が宿題宿題言いはいじめたのは……」

「先生から申し訳なさそうに百合子の成績の話をされて、代わりに謝る私の気持ちが分かる?

 少しでも悪いと思うなら頑張って頂戴」


「やだ。


 ……いやゴメン、沙都子。

 分かったから、勉強頑張るから、そんな怖い顔しないで」

 ひええ。

 冗談で言ったのに、今までに見たことないくらい怖い顔してた。

 とりあえず、当分この件に触れないでおこう。


 ◆


 沙都子が持ってきた紅茶を飲みながら、ガールズトークを楽しむ。

 いい感じに盛り上がってきた辺りで、私はあることを切り出す。

「あのさ、さっきから気になったこと聞いていい?」

「どうぞ」

「この部屋の間取り、おかしくない?」

「おかしくないわ」

 即座に否定が入る。

 え、誤魔化すの!?


「いやいやいやいや。おかしいでしょ。

 なにあの部屋の隅っこにある壁で区切られた謎の空間。

 あんなの無視する方が無理でしょ」

 沙都子は、私が指さした場所を見て、『ああ、そんなものもあったわね』と言いながら紅茶を飲む。

 勉強の間、気にしないようにするのが大変だったのに、そんな反応なの!?


「教えるのを忘れてたわ」

「本当に? 忘れてたって相当だよ。 わざと言わなかったんだよね?」

 だって工事現場で見る赤いコーンとか、立ち入り禁止って書いてあるんだよ。

 気にしない方がおかしい。


「あそこはね、『百合子ぶっ殺しゾーン』よ」

「なんじゃそりゃ!」

 思わず突っ込む。

 なにその頭の悪そうな名前の部屋は!


「なんでそんな部屋作った!」

「百合子が勉強をサボったら、『百合子ぶっ殺しゾーン』に連れて行ってぶっ殺すの」

「笑顔で怖いこと言わないで!」

 これ本格的に勉強しないとヤバい奴だ。

 私がガタガタ震えていると、沙都子は優しい笑みを浮かべた。


「安心して頂戴。 『百合子ぶっ殺しゾーン』は未完成なの」

「そうなの?」

「工事に難航してね。

 あれも欲しい、これもやりたいってなったら、思いのほかやることが多くなったのよ。完成率は30パーセントと言ったところかしら」

 どんだけ、私をぶっ殺したいのか……

 話せば話すほど、事態の深刻さを理解する。

 これ冗談抜きで、真面目にやらないといけない……


「沙都子は優しいね。私のためにそこまで考えてくれるなんて」

 顔が引きつりながらも、沙都子を持ち上げる発言をする。

 沙都子をいい気分にして、なんとか『ぶっ殺すのはやめよう』と思わせないと……


「あら、ありがとう。 私の百合子に対する思い、分かってくれたのかしら?」

「もう十分すぎるほどに……」

「せっかくだから『百合子ぶっ殺しゾーン』を見ていかない?

 私が一生懸命考えた、百合子をぶっ殺すためのアイディアが詰まってるの。

 疲れたでしょ?」

「大丈夫だよ。それより勉強しないとね」

 そんなん見た日には、眠れなくなること請け合いである。

 それにしても、勉強嫌いの私が勉強を言い訳に使わせるとは……

 沙都子、恐ろしい子……


 ◆


 休憩時間が終わってから、私は勉強に勤しんだ。

 おそらく人生で一番勉強を頑張っただろう。

 ちらちら視界に入る『百合子ぶっ殺しゾーン』が、恐ろしくてたまらないのだ。


 あの部屋に入ったら、私はどうなるのか……

 『もしも未来が見えたら』?

 そんな仮定は不要である。

 なぜなら、どう考えても碌な未来にならない……


 私の未来は、私が決める。

 あの部屋を使わせることだけは絶対に阻止する。

 私は堅く決意したのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る