無色の世界 2024/04/18

「ククク、この世界の真実を教えてやろう!

 この世界に意味あることなどない。

 色とりどりの花々も、着飾る鳥たちも全てまやかし!

 ただの、色のない、無色の世界なのだ!」


 男は、荒廃し神殿で高らかに叫ぶ。

 神をも冒涜する発言だが、それを咎めるに人間はここにはいない。

 かつてこの場所は、白い基調で整えられ、神の居場所に恥じぬ神聖な空間であったのだろう。

 だが放棄されて長い年月であちこちがくすみ、奉る神の名さえ分からず、装飾品ひとつ残っていない。

 皮肉にも男の言う『無色の世界』を体現しているようであった……


「どうだ青年、この世界に絶望しただろう?

 死んでも待っているのは無のみ……

 私はその残酷なルールを変える」

 男の演説はたった一人の青年に向けられていた。

 何もかも意味が無いと豪語する男が、唯一意味を見出す存在……

 これは他の誰にでもない、青年のための言葉なのだ。


 最後の言葉から一拍置き、男は振り向く。

「どうだ?

 お前も一緒に来ないか?

 一緒に世界を変えよう」


 そう言って、差し伸ばす手の先にには――

 誰もおらず、ただ朽ちた女神像があるだけだった。


「ダメだな……」

 男はがっくりとうなだれて、肩を落とす。

 彼の渾身の演説を、青年が聞いていなかったことにではない。

 確かに青年に向けられた言葉ではあるが、実は最初から青年はいない。

 いるのはこの男一人だけ。

 これは練習なのだ。

 彼を説得するための、演説の練習……


 こうして演説の練習をしているのには理由がある。

 実はこの男、数日前に出会った青年に興味を持ち、親切にも世界の真理を教えようとした。

 だがその青年は話を聞くどころか、問答無用で男に襲いかかったのだ。

 男は、話を聞いてもらえなかったことに、ひどくショックを受けた。

 次こそは聞いてもらうため、何がダメだったのかこうして模索している。

 もっとも、この男は青年にとって両親の仇であるため、無駄な事なのだが……

 そうとも知らず、男は頭を悩ませる。

 

「分からん。なぜあの青年はなぜ、話を聞かなかったのだ。真理だぞ。特別な人間しか知ることのできない、特別な――はっ」

 その時男は天啓を得た。

 何故聞いてもらえなかったのか、ついに気が付いたのだ。


「そうか」

 男は天を仰ぎ見る。

 気が付いてしまえば、非常に簡単で何の変哲もない理由だった。


「上から目線がダメなのか」

 男は、青年と初めて会ったときのことを思い出していた。

 最初に言った言葉は何か?

『もっと知りたくはないか?』

 ああ、今思えばなんて傲慢な言葉なのだろう……

 まるで自分が彼より上位の存在であるようではないか……

 これはいけない。

 誰しも初対面の人間からマウントを取られて、いい気分はしないう。

 となれば、ある程度下手に出つつ、相手に興味を持ってもらうようにアプローチを変えねばならなない。


 演説の根本から変える必要があるが、青年のためを思えば――

 と、男が深い思考に入っていた時、彼の耳がこの場に近づく足音を捉える。

「まさか――」

 まさか、青年がこの場所を突き止めたと言うのか!?

 それはマズイ。

 まだ演説は完成していないのだ。


 だが時間は待ってくれない。

 残念だが、今回は予定通り『上から目線』バージョンを……

 そう思いながら、足音の方に顔を向けるが、そこにいたのは青年ではなかった。


 男の周りを、見慣れぬ鎧を身にまとった兵士たちが囲む。

 彼らは裏の仕事を受け持つ、この国の特殊部隊である。

 国民どころか有力な貴族でさえ知らず、国王子飼いの部隊だ。


 この国の王は、男が知る真理を吐かせるため、こうして何度も刺客を送っている。

 男はその執念には感服しつつも、溜息しか出なかった。


「ようやく見つけたぞ。この世界を吐いてもらおうか……

 抵抗するなら痛い目を見るぞ」

 リーダーと思わしき鎧の男が、剣を抜きながら脅しつける。

 話さなければ、この剣で拷問するという事なのだろう。

 しかし脅されようとも、男は真理を教える気は無かった。

 青年に対してはおせっかいレベルで教えようとする彼であるが、彼らや国王のような凡人には興味が無い。


 なので真理を教えることもなく、いつもは適当にけむに巻いて逃げるのだが、今の男は機嫌が悪かった。

 青年の事を真摯に考えていたのに、それを鎧の男たちが台無しにしてくれたからだ。


「はあ――――つまらん」

 男はため息をつくと、血で辺りが真っ赤に染まる。

 そして一瞬の後、鎧の男たちの体が次々と地面に倒れていく。

 男は自らの異能を持って、彼らを一瞬で殺したのだ。

 彼らは自分が死んだことにすら気づいていない。

 男は大して疲れた様子もなく、ため息をこぼす。

 ただただ面倒だったなと思いながら……


 それにしても、と青年の事を思い出す。

 あの青年は良かった、と。

 彼もまた無色のように見えたが、彼の中に色が見えた。

 多くの人間とは違い、小さいが確かに色があった。

 男が青年に興味を持つのはそれが理由である。

 色のないこの世界で、なぜ彼だけが色を持っているのか……

 興味は尽きない。


「この場所を変えるか、なかなか気に入っていたんだがな」

 青年を迎えるために用意した場所だった。

 しかし国王に場所を知られたのであれば、また刺客を送ってくることだろう。

 またよい場所を探さねば……


 男がしゃべらぬ死体となった騎士たちを、感情の無い顔で見つめる。

 すると死体と血だまりが徐々に薄くなり、すでに手の先の方は完全に消えていた。

 だが、男が何かをしたわけではない。

 ただ自然のことわりとして、この世界に死んだ者は長く存在できないのだ。


 この世界に住む人々は不思議に思わない。

 なぜなら、これは自然現象だから。

 自然現象を誰も疑うことは無い。

 ただ一人、この男を除いて……


 まるで『いらなくなったから消す』と言わんばかりに、消えていく。

 それこそ、ゴミを捨てるみたいに……

 男はこの事に疑問を持ったことで文献を調べ、あることを突き詰めた。

 『この世界は何者によって、自分勝手に管理されている』

 これこそが男の言う真理なのだ。


 男は死体が全て消えたことを確認した後、その場を去った。

 あとに残されたのは、無色の世界だった。

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