届かぬ願い 2024/04/15

「これをくらえ、魔王!」

 勇者の剣が、魔王の体を貫き、魔王は大量の血を吐く。

 長き戦いであったが、ついに勇者が勝ったのだ。


「まさか、これほどまでとはな……」

 魔王は息絶え絶えの状態で、勇者を睨みつける。

「お前の野望はここまでだ。命乞いは聞かん」

「ククク、勝ったつもりか!」

 命の灯は今にも消えそうだと言うのに、魔王は不敵な笑みを崩さなかった。


「お前はもう終わりだ!」

「そうだな、我はもう死ぬ。だが!」

 もうすぐ死ぬとは思えないほどの魔王気迫に、勇者は思わず後ろに下がる

「全て邪神様がいれば済むこと!」

「何、まさか!」

「準備は万全ではないが、仕方あるまい。この体に邪神様を下ろす!」

「やめろ!」

 勇者の叫びと共に、剣でもう一度魔王を突きさす。

 だが魔王は痛みにうめくものの、邪神復活の儀式を続けた。


「もう遅い! 邪神様。この地にご降臨下さい。我が願いを聞き遂げてください。この地に破壊と絶望を!」

 その瞬間、魔王の周囲に邪悪な魔力が満ち、空間が歪み始める。

 そして――


 何も起こらなかった。




 何も起こらなかった。



 何も起こらなかったことに、魔王はキョトンとした顔をする。

「あれ?邪神様?」

 魔王は自分の体を調べるが、どこにも邪神の気配はない。

 失敗したか?

 魔王が不安になり始めた時、勇者が笑い始めた。


「だから、やめろって言ったんだ」

「貴様、まさか……」

「そうさ、この魔王城に来る前に、懲らしめてやったのさ。最終的に逃げられたけど、あの様子じゃあ、もう千年くらいは再起不能だろう」

「馬鹿な。邪神様に人間がかなうはずなど……」

 魔王には信じられなかった。

 邪神は神であり、人間が太刀打ちできる存在ではない。


「そうだな、力では敵わなかった。力ではな……」

「ではどうやって」

「言葉だ」

「言葉?」

「ああ、悪口と言う言葉をな」

 魔王は信じられないとばかりに、勇者を見る。


「温室でぬくぬくと育てたのが間違いだったな。

 悪口に対する耐性がまったく無かったぜ。

 ここぞとばかりにとびっきりの悪口を言ってやっら、泣いて逃げた」

「邪神様が……泣いて……」

 魔王は絶望し、がっくりと膝をつく。


「最後に言い残すことはあるか、魔王……」

 勇者の剣が、魔王の首元に突き付けられる。

「……一人で死ぬのは寂しいな」

「安心しろ、他の仲間もすぐ送ってやるよ」

「いや、それには及ばん」

 魔王の体に魔力が集まる。

「こいつ、自爆を!」

「ふはは、油断したな勇者よ。貴様も地獄に道連れだ!」

「くそ」

 勇者は自爆に巻き込まれまいと距離を離す

 しかし間に合わない。

「では邪神様、あとは頼みました。どうか世界に破壊と絶望を――」

 そして魔王は、魔王城ごと勇者を巻き込み自爆した。


 ◆


 魔王城が跡形もなく吹き飛ぶ様子を見ていたものがいた。

 それは異空間に逃げ込んだ邪神であった。

 邪神は毛布にくるまりながら、勇者と対峙したときの事を思い出し震えている。

 そして勇者の死ぬところを見れば少しは楽になるかと思い、魔王との戦いを見ていたが、少しも心が動くことは無かった。

 勇者との対決は、邪神の心に決して癒えぬ傷を作ったのだ。


 おろらく、あの爆発で勇者は死んだだろう。

 だがそれが何になるのだろう?

 たとえ勇者が消えようとも、この心の傷は癒えはしない。


 魔王は世界を破壊せよと言った。

 だが、それが何になろう?

 世界を滅ぼしたとて、この心の傷は癒えはしない。


 だが魔王城がモクモクと煙を上げているのを見て、少しだけ心が揺らぐ。

 それが何に由来するものかは知らない。

 だが邪神はこれだけは言わねばならぬと、口を動かした。


「爆発オチなんてサイテー」

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