神様へ 2024/04/14

『神様へ。


 私の家に飼っている猫のタビ助が帰ってきません。

 タビ助は外が好きで、よく外出するのですが、いつもその日のうちに帰ってきました。

 でも、一昨日出ていったきり、帰ってきません。

 タビ助はおじいちゃんなので、どこかで倒れてないか心配です。

 親に探しに行こうって言っても、タビ助は大丈夫って言って探してくれません。


 お願いします、神様。

 タビ助を探してください』


「……何これ?」

 少年は手紙を読み終えた後、思わず呟きました。

「あなたへの依頼ですよ、太郎」

 その呟きを聞いた青年が、太郎と呼ばれた少年の疑問に答えます。

 太郎は、納得できないと言わんばかりに青年を睨みますが、青年はそのことを全く気にしませんでした。


「なんでこれが、俺への依頼なの?」

「書いてあるでしょう、あなたが『神様』だからですよ」

 そう、この青年の言う通り太郎は神様――正確には神様の生まれ変わりなのです。

 人間の理解を深めると言う理由で(本当は人間界でチヤホヤしてもらうため)生まれ変わったのです。


「待てよ、あんたも神様だろうが! あんたがやれ」

 太郎は唾を飛ばしながら反論します。

 この青年、名は拓真と言い、やはり生まれ変わった神様です。

 太郎は一般の家庭に生まれ変わることもできたのですが、事情を知っている神様が側にいる方が何かと都合がいい、ということで拓真の所で厄介になっているのです。


「確かにあなたの言う通り、私の仕事でもあります。

 ですが、他にも仕事が立て込んでいて、手が空かないのです」

「だからって俺がやることもないだろう?」

「いいえ、あなたはしなければいけません」

「なんでだ」

 こんな事意味があるのかと、太郎はイライラし始めました。


「あなたも人間の歳で十歳です。人間の世界に降り立った神として、そろそろ人を助ける仕事をせねばなりません」

「くつ」

 太郎は反論できませんでした。

 彼は生まれ変わる前に、そのことを何回も聞かされていたのです。

 『人間に生まれ変わったときは、人のためになることをしなさい。それは義務です』と。


「だけどさ、猫探しなんて無理だよ。やったことないもん。他に楽そうなやつないの?」

 太郎は居候の身分にもかかわらず、偉そうな態度で文句を言い始めました。

 拓真は呆れながらも、他の仕事の事を話し始めました。

「他のものですか…… ですが、他のと言っても、一番簡単なものはそれですよ。

 たとえば世界平和とか、たとえば病気を治してほしいとか、例えば恵まれない子供に幸せをとか、たとえば自分を裏切ったアイツに天罰を……

 とかですが、本当に別のものがいいですか?」

 とてもじゃないけれど、神として経験の浅い太郎には出来ないことばかりでした。

 とくに最後は怖いなあと思いつつも、答えは一つしかありませんでした

 

「猫探しでお願いします」

「ああ、よかった。こちらも無理強いはしたくありませんでしたからね」

 太郎は何かを言いたそうな顔でしたが、なにも言うことはありませんでした。


「はあ、憂鬱だ」

 これからゲームするはずだったのにな、と太郎はがっかりしました。

「おや気が乗りませんか?ではこれを差し上げましょう」

 そう言って拓真は一万円札を太郎に差し出します。

「え、お小遣いくれんの?」

「いいえ、これは猫探しの依頼金です」

「それがあるなら早く言え!」

 太郎は即座にお金をひったくるのでした。


 ◆


 さて、一万円札を受け取り、ほくほく顔で家を出た太郎。

 意気揚々と猫を探しますが、どこを探しても猫一匹見かけません。

 太郎は早まってしまったかもしれないと後悔しながら、公園のベンチで途方に暮れていました。


「こんにちは」

 突然声を掛けられます。

 声の主は、同じクラスの伊藤 万里加まりかでした。

 万里加は、太郎の同じクラスであり、活発で人見知りをしない女の子でクラスの人気者でした。

 ひねくれものの太郎にも笑顔で接してくれる、とてもいい子です。

 そしてこれは重要な事なのですが、太郎は彼女の事を少し意識しているのです。

 なので彼女との突然の出会いに、太郎は驚いて固まってしまいました。


「鈴木君はここで何してるの?」

 太郎の挨拶を待つこともなく、万里加は会話を続けました。

 なお鈴木と言うのは、太郎の上の名前です。

 太郎は質問に対しどう答えようか悩みましたが、結局正直に言うことにしました。


「猫探し」

 太郎はぶっきらぼうに答えます。

 そう、太郎は人づきあいが苦手なのです。

 神付き合いが嫌で、逃げるように生まれ変わった彼ですが、人間になったところで改善するはずがありませんでした。


 ですが、万里加は太郎の不愛想さを気にすることもなく、話を続けます。

「そうなんだ、奇遇だね。私も猫探しているの……」

「ふーん」

 太郎は何やら引っ掛かるものを感じました。?

 太郎は手紙の依頼を受けて猫を探し、万里加もまた猫を探している……

 こんな偶然あるのでしょうか?


「でも見つからなくて……

 神様ポストに出したんだ」

 神様ポスト!

 太郎はその言葉を頭の中で反芻します。

 神様ポストとは、小学生の間でまことしやかに囁かれる噂。

 『このポストに手紙を出すと願いを叶えてくれる』というもの。


 その真実は、拓真が某妖怪アニメを見て『そうだ、こうやって募集すれば願い事を効率よく集められるな』と思いついて、作ったものだったのです。

 そこに出された手紙は回収され、太郎と拓真のいる鈴木家に運ばれる、というシステムなのです。


 つまり、太郎が読んだ手紙は、万里加が書いたもの!

 と言うことは、一緒に猫探しをすれば自ずと目的が達せられ、万里加とも仲良くなり、そして仲を深めた二人は付き合うことになり、親のいない家に呼ばれて……


 と、そんな下種な妄想をしていると、あることに気づきました。

 万里加の足元に黒い猫がいるのです。

 それも親し気に頭をこすりつけていますが、万里加はその猫に気づく様子がありません。

 太郎はそれを見て、ピンときました。

「ねえ、探している猫ってどんな猫?」

「え? うーんと黒猫。真っ黒なの」


 もう一度太郎は、万里加の足元を見ます。

 万里加の言う通り、真っ黒な猫でした。

 と言うことは、この猫を捕まえればミッションコンプリート……

 な訳がありません。

 なぜならこの猫は幽霊で、捕まえることはできませんし、死んでいるので万里加の望みをかなえることはできません。

 ですが死んだことをどう伝えればよいのか……


 なぜ万里加には見えないタビ助の幽霊が見えるのかと言えば、それは太郎が神様だからです。

 普通の人間には見えません。

 もし、そのまま『タビ助は死んでいる』と言えば、万里加に嫌われて二度と口をきいてもらえないでしょう。

 それだけは避たいが、死んでいることを黙っている訳にもいきません。

 別に伝えなかったところで、太郎には何の不都合も無いのですが、好きなこの前で混乱している太郎は、そのことには思い至りませんでした。


 どうしたものかとタビ助を見ながら悩んでいると、太郎は黒猫のタビ助と目があいました。

 するとタビ助は突然万里加の足元を離れていきました。

 太郎は何事かと驚きますが、タビ助はある程度離れたところで振り返りました。

 まるで『ついてこい』と言っているようでした。

 太郎は少し迷いましたが、決心しました。


「あっ」

「どうしたの?鈴木君」

「あそこでタビ助っぽいのがいた」

「本当?」

 うん、と太郎は答えます。

 タビ助はどこかに連れて行きたがっている


 そう確信した太郎は、万里加を連れてタビ助を追いかけたのでした。


 ◆


 三日後の夕方、太郎は学校から帰ってきました。

 これからゲームの続きをするのでご機嫌です。

「ただいま」

「お帰りなさい。手紙が来てますよ」

 太郎はショックを受けました。

 仕事はもう嫌だからです。

 すぐに逃げようとする太郎でしたが、拓真に引き留められます。

「安心してください。 お礼の手紙です」

「お礼の手紙?」

 太郎はホッとして、拓真から手紙を受け取ります。

 太郎は可愛い絵柄の封筒から、便箋を取り出し、読み初めました。

 そこには可愛らしい文字で、感謝の言葉が綴られていました。


『神様へ。


 タビ助にまた会わせてくれてありがとうございます。

 でも私が行ったときにはもう死んでいて、悲しくて私は泣いてしまいました。

 でも気づかなかったら、一生タビ助は独りぼっちだったので、会えてよかったと思います。


 でもいい事もありました。

 友達ができました。

 タビ助を一緒に探してくれて、泣いている私を励ましてくれて、タビ助のお墓も作ってくれました。


 今まであまり話したことは無かったけど、意外といい人で、面白い人でした。

 多分タビ助が、私が寂しくないように会わせてくれたんだと思います。


 タビ助に『ありがとう』と伝えてください。

 『天国で元気でいてね』とも。


 神様、ありがとうございました』

 

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