夢見る心 2024/04/16

 とある小学校に、香取 翔子という教師がいました。

 翔子は非常に評判のいい先生でした。

 まだ教師になってから3年の新米にもかかわらず、類まれなる指導力を発揮し、遊びたい盛りの年頃の子供たちを、見事にまとめ上げたのでした。


 そんな彼女には夢がありました。

 どんなベテランでも手が付けられないほどのワルい子供を、クラスのみんなで力を合わせて更生させる、そんなことを夢見ていました。

 小学生のやさぐれた自分を救ってくれた恩師の様に、自分もそうありたいと願っていたのです。

 ですが、幸か不幸か彼女は教師として才能が有り、どんな子供も心を開いてくれました。

 彼女が受け持ったクラスは学級崩壊どころか、喧嘩らしい喧嘩もなく、みんなが真面目に授業を受けます。

 また前学年まで素行の悪かった子供を受け持つことはありましたが、少し話しただけで、彼女を信頼し年齢相応の子供のような笑顔を見せます。


 もちろん大きなトラブルがなく子供がすくすくと育つのはいい事ですし、彼女自身も誇りに思っていました。

 ですが、それをつまらなく思っていたのも事実……

 だからと言って、自分の勝手なエゴのために、手を抜いて子供たちを悪の道に進めては本末転倒……


 そんなふうに悩んでいた時のことです。

 鈴木 太郎と言う少年に出会ったのは――


 ◆


 太郎は小学4年生で、祥子が今年の四月から受け持ったクラスにいました。


 最初の見た時の印象は、大人しい子供というもの。

 また他の子供たちとの共同作業が苦手で、協調性が低い。

 あまり、特定の友達もおらず、いつも一人でこっそりゲームをしている。


 ですが、それだけならその子の個性と捉えることもでしました。

 ゲームが好きな、内向的な子供だと……


 ですが、彼は学校行事の度にずる休みをする問題児。

 入学以来、遠足や運動会に一度も出てきたことがないというツワモノでした。


 前年の担任すら持て余し、翔子に対し申し訳なさそうに事情を説明するほどでした

 ですが翔子は、太郎の受け持ったことに歓喜しました。

 ワルではないにせよ、一癖ありそうな問題児!

 この子を絶対に更生させると、心に誓ったのです。

 祥子は夢を叶えるチャンスだと張り切りました


 ですがその道のりは困難を極めました。

 彼を他のクラスの輪に入れようとすると、そのたびに何か不可思議なことが起こり、有耶無耶になってしまうのです。

 とくに今年の遠足は、太郎本人に参加の約束を取り付けたにもかかわらず、予定日に雨が降り、五回も延期すると言う異常事態も発生しました。

 最終的に太郎は遠足に参加しましたが、誰もが彼が普通ではないことを感じていました


 教師の間では、『彼は神に愛されているのではないのか?』と、噂されるほどです。

 これは翔子たちにはあずかり知らぬことなのですが、太郎は本当に神の生まれ変わりなのです。

 そして、神様パワーを駆使し、自分にとって嫌なことを回避するという、筋金入りのものぐさな少年でした。


 この少年の更生は不可能に思えました

 ベテラン教師も諦めたほどです。

 ですが祥子は、数多の障害にも挫けるどころか、むしろやる気が増していました。

 同僚の先生からも若干引ドン引きされる程度には、やる気満々でした。


 ですが、うまくいってないのも事実。

 そこで翔子はアプローチを変えることにしました。

 まず、彼の事を知ることが最優先だと思ったのです

 そして彼の事を知るために、あることを実行することにしたのでした。


 ◆



「はーい、みんな紙を受け取りましたか?

 じゃあ、その紙に自分の将来の夢を書いてくださいね」

 彼女が最初に知ろうとしたのは、将来の夢である。

 彼の夢を知ることで、彼が何を望んでいるのかを把握し、指導がしやすくなると踏んだのです。


「みんな、ちゃんと書いてますか?

 よーく考えてくださいね。

 あら鈴木君はなんて書いたのかしら?」

 翔子は、さりげなさく太郎に近づきます。

 すると嫌そうな態度こそとるものの、拒否するような態度は取りませんでした。

 それもそのはず、祥子はモデルでも通用するほどの美人であり、そのことを自覚している彼女は、積極的に利用していました。

 実際、太郎も自分の事を構ってくる翔子の事は苦手でしたが、美人の祥子に構われて悪い気がしませんでした

 年上の美人教師による秘密のレッスンをして欲しいと思っていたくらいです。

 キモイと思われるかもしれませんが、この年頃の男の子にはよくある妄想です。


 太郎の気が変わらないうちに、翔子はさっと紙に書きこまれた将来の夢を見ます。

 そこに書かれていた言葉は――


 『ニート』

 でした。


 ニート!

 翔子はショックを受けました。

 この年の子供の将来の夢がニート!

 翔子は泣きそうでした。

 『ゲームが好きな太郎ならプロゲーマーと書くだろう』と思っていた翔子は出鼻を挫かれてしまいました。

 また彼の持つ深い心の闇に思いを馳せずにはいられませんでした。


 もちろん、太郎にそこまで深い闇はありません。

 『神様パワーを使えば、何不自由過ごすことが出来る。

 けれど、さすがにそのまま書くわけにもいかないし、さりとて他にしたいことも無いので、とりあえずニートと書いた』というのが真相です。


 ですが、そのことを知らない翔子は、この目の前の少年を救う事を決意します。

 彼の心の闇を払い、将来に希望を持ち、夢を持ってもらおうと……

 たしかに夢は叶うとは限らない。

 けれど夢見る心は、人を動かす原動力!

 それが無い太郎は、将来何かに躓き、本当にニートになってしまうかもしれない。

 私の生徒にそんなことはさせない。


 一人で燃え上がった翔子は、太郎の肩を力強く握ります。

「鈴木君、大丈夫だからね。先生が救って見せるから」

 面倒事の気配がするも、何が起こっているのか分からず、だただ困惑するばかりの太郎。


 いつもは面倒ごとは神様パワーで回避する太郎であったが、何も分からないので、どうすることも出来ません。

 ただ面倒事が訪れることだけは確実であり、その事実だけで闇に落ちそうになる太郎なのでした。

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