誰よりも、ずっと 2024/04/09

 吾輩は猫である。

 名前はラリー。

 自他ともに認めるこの屋敷一番のネズミハンターである。

 子猫のころからネズミを狩りまくり、仲間の猫からは尊敬され、主人からも頼りにされている。

 しかし最近は歳を取ったせいか、うまい具合に狩れなくなってきた。

 始めは若いもんには負けんと踏ん張っていたものの、寄る年波には勝てず引退を考え始めていた。


 その日も引退した後はどう振舞うべきか、日向ぼっこしながら考えていた時の事である。

 暖かい日差しにウトウトしていると、誰かが近づく気配を感じ警戒を強める。


「ラリーさん、ですよね」

 近づいてきた気配は、この屋敷では見たことが無い猫だった。

「新入りか?」

「はい。オレ、ミケっていいます」

 ミケと名乗った猫は、ビクビクしながら答える。


「取って食うつもりは無いから、そんなに怖がらなくてもいい。この屋敷は食う物には困らないからな」

 「はい」と言いつつも、ミケは相変わらずオドオドしていた。

 そんなに吾輩の事が怖いのだろうか?

 そのうち慣れるだろうと高を括り、

「それで、何の吾輩に何の用だ?」

「はい、ここでのことはラリーさんに聞けと言われまして……

「吾輩に? 誰がそんなことを?」

「俺を拾ってくれた方です」

 ああ、と吾輩は合点がいく。


 ご主人はよく吾輩を頼る。

 今回も、コイツの面倒を見てくれという訳だろう。

 ご主人の頼みとあらば、断ることは出来ない。

「事情は分かった。この屋敷の事を教えてやろう」

 そういうと、ミケはほっとしたような顔をした。


「ここでは、仕事さえしていれば怒られることは無い。

 仕事について聞いたか?」

「はい、ネズミを捕る事ですよね」

「そうだ」

「でも俺、ネズミを捕るのが下手糞で……」

 ミケは不安げな表情になる。

「安心しろ。 ネズミを捕れなくても追い出されないし、飯も出る。

 一度も捕まえたことがない猫だっているくらいだ」

「そうなんですか?」

 ミケは意外そうに驚いた。

「ああ、もう一つ仕事があってな。これとどちらかが出来ていれば問題ない」

「もう一つの仕事ですか……」

 ミケはゲンナリしたようだった。

 奴も猫らしく、仕事が嫌いなようだ。

 

「二つ目の仕事は――

 屋敷の人間には甘えろ。これも仕事だ」

「えっ、それ仕事なんですか?」

「ああ、やってみると分かるが、人間は甘えてやると喜ぶ。

 主人も例外ではない」

「なるほど、ネズミが取れなくても甘えればいいんですね」

「そうだ。だが『甘える』と行為も奥が深い。

 例えば、たまに冷たい態度をりそのあと甘えに行く『ツンデレ』というテクニックがある。おいおい教えてやるよ」

「ありがとうございます」


「他には……

 トイレの場所だな。 これを間違えると、人間がかなり怒る。

 とんでもなく怒る……気を付けろよ」

「はい、追い出されたくないので気を付けます」

 少しビビっているミケに、笑いがこみあげてきそうになる。

 そんなことぐらいで、追い出すご主人ではない。

 ただ知らない方が緊張感が出るだろうから、黙っておくことにする。


「次に、毛玉を吐くときの事なんだが――

 ん、少し待て」

「何かあったんですか?」

「ああ、ご主人が来る」

「!」

 俺の言葉に、ミケが驚いた顔をする。

「分かるんですか?」

「長いこと居れば、お前も分かるさ。さっき言ったこと覚えているか」

「甘えろ、ですね」

「そうだ!」

 吾輩たちはご主人が入ってくるであろう扉に顔を向ける。


「いいか、ご主人が入ってきたら甘えに行くんだ。いいな」

「はい!」

 そして吾輩たちは、ご主人がドアをあけるタイミングを見計らって――



 🚪 🐈🐈


「あっ、ラリー、こんにちは。遊びに来たよ〜。

 今日もおもちゃで遊ぼうね。

 ……あれ、知らない子がいる」

「昨日からいるの。名前はミケよ」

「そうなんだ。私、百合子っていうの。

 君のご主人様の友だちです。

 これからよろしくね、ミケ」

「にゃー」


「ラリーの側にいるって事は、ラリーの弟子ってことかな。

 てことは、将来この子も甘えん坊になるね」

「ええ、間違いないわ。

 だってラリーはこの屋敷の誰よりも、ずっと甘えん坊だもの」

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