沈む夕日 2024/04/07
<読まなくていい前回までのあらすじ>
百合子と沙都子は仲がいい。
百合子は庶民で、沙都子は世界有数のお金持ち……
住む世界が違う二人だけど、そんなことは気にしない。
今日も今日とて百合子は沙都子の家に遊びに行く。
沙都子の家は大きくて、遊ぶには最適なのだ。
でも沙都子はあまり歓迎していない様子。
それもそのはず、百合子は家に来るたびに物を壊すのだ。
その都度、沙都子は文句を言うが、最近はあきらめムード。
さて今日も百合子は遊びに来たが、いったい何を壊すのか……
はじまりはじまり。
◆
「百合子、拷問の時間です」
「急に何!?」
窓の外も赤くなってきたし、そろそろ帰ろうかと、自分のカバン肩にかけたまさにその時たった。
突然、沙都子が脈絡なく不可解なことを言い出した。
突然すぎて、ツッコミじゃなく月並みの言葉を返してしまう。
「突然どしたの、沙都子?」
「アニメのセリフよ。あなたの方から勧めてきたんでしょ、あのアニメ。忘れたの?」
「いや、そういう事じゃなくて」
なんで私が拷問されるのか、と言う点である。
沙都子が言っているのは『姫様”拷問”の時間です』の事だろう。
拷問と言いながら、やっていることは飯テロとかそう言った類のギャグアニメだ。
見て面白かったので沙都子にも勧めてみたのだが、私の思った以上にハマってしまったらしい。
だけど、それがこの状況になんの関係があるのだろうか?
「という訳で拷問するわね」
「何が『という訳で』なの!? 話が繋がってない! ていうか拷問されるようなことしてないよ」
「そこよ!」
百合子はビシッと私を指さす。
「百合子、あなたはこの家に来るたびに、何かしら物を壊しているわね?」
「待って、あれはチャラでしょ」
確かに私はこの家の物をよく壊す。
だけど、代わりに焼き肉を奢ることで許してもらっている。
壊したものの価値に対して釣り合う金額じゃないけれど、約束は約束である。
「ええ、昨日までの悪行に関しては、問い詰めるつもりはないわ」
「それなら、別にいじゃん」
「でも今日は何も壊していない。それはおかしいわ」
とんでもない言いがかりである。
まるで私が遊びに来るたびに、何かを壊しているかのような言い草だ。
これは断固抗議すべき案件である。
「異議あり!私はそんな来るたび物を壊してなんかいない!」
「……百合子が壊したもののリスト、日付と一緒に書き留めているんだけど、見る?」
「すいませんでした」
完敗であった。
くそう、まさか記録してあるとは……
だけど……
「でも今日は何も壊してない。誓うよ」
「ええ、あなたはそう言うでしょうね。 だから拷問するわ。 ついてきなさい」
そう言って沙都子は部屋の外に出る。
これ付き合わないと帰れそうにないなあ。
早く終わらせるため、渋々付いて行くことにしたのだった
◆ ◆
「ここよ」
沙都子に連れ出されたのは二階のバルコニーであった。
非常に見晴らしがよく、ここで風景を眺めるのも一興だろう。
だが――
「で、ここで何するの?」
「アレを見なさい」
沙都子が指を差すのは、今にも沈みそうな夕日であった。
「うん、見た。それで?」
「ずっと見ていなさい」
「ええ?」
まったく意味が分からない。
だが、私は普段から沙都子に迷惑をかけている自負がある。
たまには沙都子のわがままにも付き合うのもいいだろう。
「ええ、そのまま見ていなさい。夕日が沈むまでね」
「じゃあ、沈むまで屈しなかったら私の勝ちね」
「それでいいわ。
ああそうだ。そこに椅子があるから座ってみなさい」
沙都子に勧められるまま、持っていたカバンを床に置き椅子に座る。
「目をそらしちゃだめよ」
「分かってるって」
そして夕日を見つめることにする。
夕日を見つめるだけなんて、楽勝である。
この勝負、勝ったな。
しかし夕日をこんなにゆっくり眺めるなんて、初めての事なのかもしれない。
私の視界を占めるのは、夕日によって赤く染まる世界だけ。
なんてことない、毎日見ている風景だ。
それにしてもなぜだろう?
夕日を見ていると涙が出てきそうになってくる。
理由は分かる。
ノスタルジーだ。
そういえば子供の頃、両親と一緒に眺めたな。
確かあの時は父親に肩車をされて、沈む夕日を見て――
「あったわ」
沙都子の言葉に、嫌なものを感じすぐさま振り返る。
そこには、私のカバンを漁っている沙都子が!
そして沙都子の手にあるのは……
「コレ、何かしら?」
沙都子が『何か?』と聞いてくるのは、かつて皿だったもの。
そう、それは本日私が割ってしまった沙都子の家のお高い皿である。
割ったとき、沙都子に気づかれなかったので、こっそりカバンの中に入れて隠したのだ。
でもバレた。
バレてしまった。
「駄目よ、百合子。隠し事をしては…… 素直に言ってくれれば、焼き肉奢るだけで済んだのにね。さてさて、どうしてあげましょうか……」
沙都子の冷たい表情に、背筋が凍る。
今日は暖かい日だと言うのに、震えが止まらない。
ああ、母さん、父さん。
私はここで終わりです。
先立つ娘を許してください。
「百合子をどうしてくれましょうか。ふふ。楽しくなってきたわ」
見たことがないほど、楽しそうな沙都子。
いったい何をされるのか、想像もしたくない。
畜生、夕日が目に染みるぜ。
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