それでいい 2024/04/04

 やっちまった。

 頭に到来するのは、その一文。


 私は地面にうつぶせで寝そべり、大地の感触を体全てを使って味わっていた。

 別に好きでやっている訳じゃない。

 転んだのだ。

 そして転び方が悪かったのか、持病の腰痛が再発し、動けなくなってしまった。

 こんな大事な場面で腰をやってしまうなんて。

 私はここで終わりだ。

 今までの事が走馬灯のように思い出される。


 私は弟の拓真と共に、二人力を合わせてつつましく暮らしていた。

 しかし拓真の中学校入学式の日、突如宇宙人が侵略が始まり、私たちの幸せな日常は壊れてしまう。

 宇宙人の驚異的なテクノロジーになすすべなく、人間の文明も崩壊。

 だが諦めない人類は宇宙人に対抗するため、レジスタンスを結成。

 私たちも日常を取り戻すため、レジスタンスに参加した。


 ある日私たちはレジスタンスのリーダーから重要な任務を与えられた。

 任務の目的は、宇宙人の基地に侵入し、機密情報を入手。

 それをもって反攻のきっかけとするというのだ。

 仲間のため、人類のため。

 絶対に失敗できない重大な任務である。


 そして敵基地に侵入。

 首尾よく情報を入手したものの、敵に見つかってしまう。

 だがそれは想定済み。

 すでに脱出ルートが確保してある。

 追いかけてくる敵を尻目に、予定通り脱出用の通路へ飛び込む。


 ここまでは問題は無かった。

 だが私は転んでしまった。

 それはもう盛大に転んだ。

 しかも無いところで転んだ。

 恥ずかしすぎて、顔から火が出そう。

 年は取りたくないものである。


 私が自分の無力さに打ちひしがれていると、弟が走り寄ってくる。

 私がついてこないことに気づいたのだ。

 よく出来た弟だ。

 だが――

「来ちゃダメ」

 私の叫び声に、弟は驚いて硬直する

「逃げなさい。私はもう動けない。私の事なんて構わずに逃げなさい」

 腰をやってしまった私に次は無い。

 何としても彼には私を置いて行ってもらわないといけない。


「でも、姉さんを置いて行くなんて……」

「すぐに追手が来る。私に構っていたら、二人とも捕まってしまうわ。 

 あなただけでも逃げて、みんなに情報を伝えなさい」

 私は弟を優しく諭す。

 だがそれでも拓真は迷っていた。


「私なら大丈夫。捕まっても脱出して見せるから」

 そんな彼を安心させるべく、出来るだけ優しく微笑む。

 嘘だ。

 何一つ、大丈夫じゃない。

 腰をやってしまった以上、もう終わりである。

 だけどそんなことを悟られないよう、拓真に激を飛ばす。

「行きなさい!」


 拓真は逡巡した後、私に背を向け去っていく。

「それでいい、それで……」

 小さくなっていく彼の姿を見て、小さく呟く。

 彼がこの場を離れることが出来たのなら、私の勝ちだ。

「これで、大丈夫」

 近づいてくる存在を視界の端に捉えながら、私は不敵に笑うのだった。

 ―――

 ――

 ―



「カーーート」


 🎬 🎬 🎬


 私は撮影を終えた後、スタッフ総出で救助され(笑)、急遽作られた簡易ベットに寝かされていた。

 『瑞樹さん、絶対安静だからね』とスタッフ全員から強く念を押されしまったので、大人しくしていた。

 まあ暴れたくても、動けないのだけども……


「瑞樹さん、大丈夫ですか?」

 声をかけてきたのは拓真――もとい拓真役の子、拓哉君だった。

 心配してきてくれたのだろう。

 私のせいで迷惑かけたと言うのに、優しい。


「心配させてゴメンね。このまま休んでいれば大丈夫だよ」

 私はニカっと笑う。

 彼に心配させまいと、精いっぱいの笑顔を作る。

「拓哉君も気を付けてね。

 腰は大事。腰をやったら、何もできなくなる」

「あはは。気を付けます」

 ジョークと受け取ったのか、面白そうに笑う拓哉君。

 笑ってるけど、いつか君も腰の痛みに苦しむからね。


「ああ、そうだ。最後のアドリブすごかったですよ。ものすごい気迫でした」

 拓哉君が思い出したとばかりに、話題を切り出す。

 私が転んだせいで台本から大きく外れてしまったあのカットは、『こっちのほうが面白い』と監督が言ったことで、めでたく採用された。

 撮り直しと言われても、私は動けないので本当に助かった。


「瑞樹さんが予定より早く転んだのを見て、僕は頭が真っ白になっちゃったのに……」

「うん、それはゴメン。本当にゴメンね」

「事故ですから謝らないでください」

 私が全面的に悪いのに、責めないとは……

 なんて出来た子なんだ!


「でもそれじゃ私の気が済まないなあ。何かお詫びするよ」

 というと、彼は少し考えて

「じゃあ、ファミレスでご飯奢って下さい」

 拓哉君のお願いに、私は驚く。


「え?それでいいの?」

「はい。それがいいです」

 謙虚だなあ。そう思っていたが、彼の次の言葉で感慨が吹き飛んでしまった。

「実は僕、瑞樹さんとゆっくり話してみたいと思っていたんです」

 おっと、デートのお誘いだったらしい。

 でも彼は未成年……

 彼のためにも受け入れるわけにはいかない。


「そういうのは大人に――」

「アドリブのコツ教えてください」

 やっちまった。

「あの、何か言いかけて――」

「なんでもない」

 よし聞かれてない、セーフ。

 

 不思議そうな顔をしている拓哉君に、深く追及される前に会話を進める。

「分かった。腰が楽になったら行こうか」

「楽しみにしてます。ところで言いかけた――」

「あはは。ご飯奢るの楽しみだなー」

「えっと、瑞樹さん?」

「あははー」


 やっちまったことを誤魔化すために、笑う事しかできない私なのであった。

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