1つだけ 2024/04/03

「ねえ、無人島に1つだけ持ち込めるとしたら、何にする?」

 隣で一緒に座っていた恋人の美咲が聞いてきた。

「こんな時に聞くの?」

 空気を読まない美咲の言葉に、俺は少しイラっとする。

 だがすぐにキツく答えてしまった事を反省し「ゴメン」と謝る。

 それに対し美咲は困ったように笑うだけだった。


「いいよ。でも、こんな時だから聞きたいの」

 美咲は優しくささやく。

 落ち着いた俺は、美咲の言葉には一理あることに気付く。

 確かに、今の俺たちはのっぴきならない状況にある。

 だからこそ俺達には、少しくらいの遊び心が必要なのだ

 少しくらい遊んでもいいだろう。

 なぜなら俺たちは、無人島に漂流してしまったのだから……


 ことの発端は、俺がクルーザーの運転を取ったから、海のドライブに行こうぜって誘ったから……。

 そこから、まさか嵐に巻き込まれるなんて……

 いろいろ言いたい事があるだろうに、そんな事をおくびにも出さないのは彼女の強さだろう。

 まったく俺にはよく出来た彼女である。


「でもさ」

 俺は美咲の提案に対し、懸念することを伝える。

「持ってくる物なんて一つに決まってるでしょ」

「そこだよ。これから迎えるであろう困難に立ち向かう前に、絆を深めようよ」

「へえ、意外と考えているな。少し乗ってやるよ」

 マジメに考えてるのか、フザケてるのか、あるいは両方か……

 どっちにせよ、することが無いので、美咲の悪ふざけに乗っかってみる。


「分かった。じゃあ、『せーの』で行くよ」

「オッケー」

「「せーの」」


「「四星球スーシンチュウ」」

 見事なハモリ具合に、俺たちは思わず笑い合う。

 

「あー、四星球欲しー」

 彼女が叫びながら、後ろに倒れ込む。

「俺も欲しー」

 彼女に倣って俺も後ろに倒れ込む。


「はあ、私、本当に、心の底から四星球が欲しいのになあ」

「俺もだよ。人生で、こんなにも欲しいと思ったことは無い」

 四星球に対する想いを吐露する。

 俺たちがこんなにも四星球を切望するのには訳がある。


 この無人島に漂流したときの事だ。

 俺と美咲は、何か食べ物や脱出の手立てがないかと、島を探索した。

 食べ物は豊富に見つかったが、他に役に立つようなものは無かった。

 それでも何か無いかと念入りに探したときに見つけたのだ……

 四星球以外のドラゴンボールを……


 なんでここにドラゴンボールがあるのかは分からない。

 もしかしたら、おもちゃかもしれない。

 だが、漂流して帰れなくなった俺たちにとって、希望を持つには十分なアイテムではあった。


「ねえねえ」

 突然、美咲がご機嫌な声で俺に呼びかける。

「もしかしたら四星球手に入るかも」

「え、マジ?」

 驚きのあまり、寝ていた体が跳ね上がった。


「マジマジ。これ見て」

 美咲が差し出してきたのはスマホだった。

「使えるの?」

「機種変したばっかりの防水仕様のスマホだよ」

「すげー。それでそれで?」

「アマ〇ンで注文した」

「へえ、でもこんなところに配達してくれるかなあ……」

 ここ無人島だしな

「念のため問い合わせしてしてみたけど、大丈夫らしいよ。ぎり配達圏内だったけど」

「すごいな。こんな無人島まで来るのか」

「そして私はプレミアム会員なので、すぐにお届け!」

「何それすげえ」

 こんな無人島まで配達するなんて、配達業者も大変だ。

 

 だが、それとは別にとんでもない事に気づいてしまった。

 その事に、美咲が気づかないはずが無いのだが……

 もしかしたら、非現実的な状況に置かれているせいで、頭が回ってないのかもしれない。

 それとなく話題を振ってみよう

 

「ところで気づいた事があるんだけどいいかな?」

「いいよー。私との仲じゃん。ズバッと言っちゃって」

 この反応から察するに気づいていないようだ。

 なら美咲の言葉の通り、ズバッと言ってしまおう。


「そのスマホで助け呼んだらいいんじゃないか?」

「……」

 美咲は俺の言葉を聞いて動かなくなる。


 しばらくしたあと、美咲はようやく再起動しスマホに目線を向ける。


「その手があったか」



 ⛴


 俺達は、救助に来た船に揺られていた。

 スマホで助けを呼んだらすぐに来てくれた。

 テクノロジーに感謝である。


 隣を見れば、疲れて眠っている美咲がいる。

 彼女は四星球を抱えて眠っていた。

 助けの船が来る前に、注文した四星球が来たのだ。

 マジで来るとは……

 水上バイクで颯爽と現れた配達業者に、さすがに驚きを隠せなかった。

 配達業者も大変だ(本日二回目)


 だけどドラゴンボールが揃っても、何も起きなかった

 偽物だったのだろう。

 ちなみに注文した四星球以外の珠は置いてきた。

 もしほかの誰かがあの無人島に漂流しても、スマホの便利さに気づくかもしれないから……


 もしかしたら、前にも漂流した人間がいて、あえて置いていったのかもしれない。

 今となっては分からないけども……


 それにしてもスマホはすごいな。

 四星球も持って来てくれるし、助けにも来てくれる。

『ねえ、無人島に1つだけ持ち込めるとしたら、何持にする?』

 無人島での美咲の言葉が思い出される。

 もし今同じことを聞かれたら、こう答えるだろう。


「無人島に持ち込むものはスマホに限る」


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