ところにより雨 2024/03/24

 退屈な小学校の授業がおわり、俺は祐樹と二人一緒に帰っていた。

 いつものようにくだらない事を話しながら、家に向かって歩いていく。

 


「『ところにより』ってわけわかんねーよな、祐樹」

「突然、何さ?」

「朝の天気予報見ててさ。

 『本日のお天気は曇り、ところにより雨』みたいなこと言ってさ。」

「ああ。そういう事ね。康太も変なところ気にするね」

「母ちゃんが言ってたんだよ。TV局の責任逃れだって――どうした?」

 祐樹が急にソワソワし始め、周りを気にし始めた。


「他の人がいると困るから」

 困る?何に困るんだろう?

「……うん、いないね。

 じゃあ、教えてあげる。

 それは、符牒ふちょうなんだよ」

 突然、祐樹が難しい言葉を使う。

 頭がいいからなのか、俺が知らない言葉を使うことがよくある。


「フチョウ……って何?暗号?」

「うーん、まあ暗号みたいなものかな。

 例えば、警察物で言ったら『犯人』のことを『ホシ』。

 『被害者』の事を『ガイシャ』って言ってみたり。

 これは有名なヤツだけど、普通の人には分かんない符牒を使って、仲間で会話するんだ」

「全部理解したわ。で、なんで符牒使うの?」

「分かってないじゃんか……簡単に言えば会話の中身を知られないためだね」

「知られないため?」

「うん、困るから」

 また困る。なんでだろう。


「じゃあさ、今朝の天気予報の、フチョウだっけ?あれどういう意味」

「言ってもいいけど、皆には内緒だよ」

「分かってる。俺と祐樹だけの約束」

「じゃあ、指切りげんまんね」

 あまりに慎重な祐樹に少し戸惑いつつも、指切りげんまんをする。


 コホン、と祐樹は咳払いする。

「天気予報の『ところにより雨』っていうのはね……

 『雨が降っている場所から、あの世に行けますよ』って意味」

「はい?」

 まったく意味が分からない。


「あはは、全く分からないって顔をしてる」

「そりゃそうだよ。急にあの世って言われても」

 そういうと、祐樹はニヤリと笑った。


「本当だって、死んだ人たちはそこから来て、そこに帰るんだよ」

「その死んだ人、何しに来てるんだよ」

「友達と遊ぶため?」

「おい、急に適当かよ。絶対嘘だろ」

「あ、バレた?」

「途中まで信じかけたのに、急に雑になったぞ」

「ゴメンゴメン」

 祐樹は笑いながら謝ってくる。

 と、ふいに祐樹は立ち止まった。


「あ、僕はこっちだから」

 祐樹は脇道を指さす。

「え?お前の家って、もうちょい先だったろ」

「ううん、こっちで合ってる」

 引っ越したのか?

 そう言おうとして、言葉が出てこなかった。

 祐樹の指を差している脇道にだけ、雨が降っていたからだ。

 雲が出ていないのに雨粒が落ちて、道路が黒く塗れている。


「えっと、そっち雨降ってるぞ」

「うん、こっちなんだ」

 言うべきか迷った上での言葉も、あっさりと答えが返ってくる。


「バイバイ、またね」

「ああ」

 祐樹は何事もなかったかの様に、手を大きく振りながら雨の中を歩いていく。

 と、ふと急に祐樹の姿が消える。

 隠れる場所なんて無いのに、どこにも祐樹の姿は無かった。

 急に涙が出てきた。


 なんで忘れていたんだろう。

 祐樹はもう死んでいるのに。

 一年前のこの日、暴走する車に轢かれて死んだアイツ。


『友だちと遊ぶため?』

 祐樹はそう言った。

 そうか、アイツは俺に会いに来てくれたのか……


 俺は今はいない友を思いながら、雨に濡れた道路を見つめたのだった。

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