バカみたい 2024/03/22

「バカみたいな事したなあ」

 目の前のぬいぐるみをを見て、私はため息をつく。

 先日、酔った勢いで注文したもので、本日晴れて届けられたものだ。

 その時間違いなく欲しくて注文したもの。

 だけど今の私には溜息しか出ない。


 別にぬいぐるみは嫌いじゃない。

 むしろ好きだ。

 私の部屋には、他にもいくつものぬいぐるみがある。

 このクマのぬいぐるみも、デザイン『は』好きだ。

 だけど一つ不満がある。

 唯一にして最大の問題点。


 目の前のぬいぐるみはバカみたいに大きいのだ。

 私より大きなぬいぐるみって何?

 ここ狭い賃貸アパートだぞ。

 置くトコねえよ。

 どうしてこんなことに……


 事の発端は、先週の会社の飲み会。

 飲み会が開始されてみんなが酔ってバカみたいに騒いでいた頃、誰かが言った。

 『人間より大きいぬいぐるみが欲しいなあ』と……

 そこで酒を飲んでいい気分の私。

 『そんなぬいぐるみが!?私が買っちゃる!』

 とスマホを取り出し、ささっと注文。

 『夢みたい』と思いながら次の酒を飲む。

 そして今に至る。

 ……あれ、本当に夢だったらよかったのに。


 やはり酒を控えよう。

 何度目かもわからない反省をするが、きっと次もやらかす。

 それが私。

 だが、買ったものはしょうがない。

 目の前の現実に向き合うことにしよう。


 私はぬいぐるみに抱き着く。

 おお、柔らかい。

 この包み込むような安心感。

 やはりぬいぐるみは良い物だ。

 予定外の出費で、来月ピンチという事実がどうでも良くなっていく。


 ピンポーン。

 現実逃避している私の耳に、玄関のチャイムが鳴り響く。

 配送業者くらいしか訪れることのない私の部屋に、誰かが来たようだ。

 まさか、私の記憶がないだけで他にも注文をした!?

 キャンセルの可能性をも考えながら、扉を開けると先輩が立っていた。


「来ちゃった」

 まるで先輩は恋する乙女の様に微笑む。

 だが笑顔の先輩とは逆に、私は混乱する。

 なぜ先輩がここに?


「えっと、先輩。何か御用で?」

 すると先輩はにこやかに笑って、

「うん、アレ届いたかと思って……今日だったよね」

「??」

「覚えてない?デカいぬいぐるみ注文したんでしょ」

 その時私の脳裏が高速回転をし始める。

 頭に浮かぶ一つの言葉。

『人間より大きいぬいぐるみが欲しいなあ』

「ぬいぐるみ欲しがったの、先輩だったんですか!」

「今気づいたの?」

 先輩はおかしそうに笑う。


「で、届いた?」

「届きましたけど……なんで先輩が届く日を知っているんですか?」

「え?聞いたら教えてくれたよ。見せてくれるとも言った。覚えてない?」

 覚えてない。

 本格的に酒との付き合いを考える日が来たのかもしれない。

 それはともかく。


「まあ、入って下さい」

 私は先輩を招き入れる。

 そして部屋に入った先輩は、置かれたぬいぐるみを見渡す。

「ひえー、バカみたいにでけぇ」

 目を輝かせながら、先輩は大きなクマのぬいぐるみに抱き着く。

「ひゃー、すごい安心感。あっ他にも小さなぬいぐるみがある。可愛い~」

 今まで見たこともないくらい、先輩のテンションが高い。

 こんな一面もあったのか、と先輩を眺めていると不意にこちらを向いた。


「あ、そうだ。タダで見せてもらうのが気が引けたから、お土産あるんだよ」

 と先輩はポリ袋からお酒を取り出す。

 私はそれを見てニヤリと笑う。


「じゃあ、飲みましょう」

 私は急いで、プチ宴会の準備を行う。

「では、この素晴らしきぬいぐるみたちに乾杯」

「乾杯」


 そして私たちは缶ビールを片手に、ぬいぐるみに人生相談したり抱き着いたりして、バカみたいな宴会を繰り広げる。


「このぬいぐるみ可愛くない?」

「可愛いー。買っちゃう?買っちゃう?」

 そして再び1週間後には新たなぬいぐるみがやってくるのであった。


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