二人ぼっち 2024/03/21

「こんにちは、佐々木誠人くん。少しいいかしら?」

 昼休憩、弁当を持って人気のない廊下を歩いていると、突然呼び止められる。 

 自分の名前を呼ばれたので条件反射で振り返るが、そこで僕は声を失った。


 そこには不審者が立っていたからだ。

 顔には漫画でしか見ないような仮面をかぶり、黒いタキシードを着て、その上に黒いマントで身を包んでいる。

 マントで体形が分からないが、声から女子だということが分かる。

 だからどうしたという感じであるが。


 まさに不審者の中の不審者。

 僕のこれまでの人生、そしてこれからの人生で遭遇しないであろう不審者。

 間違いなく面倒ごとの匂いがする。

 ここはスルーが吉。


「違います。人違いです。それじゃ」

 もちろん、佐々木誠人は僕の名前だ。

 だが不審者に正直に答える義理は無い。

 あくまで何でもないようを取り繕い、黒マントの横を通り過ぎようとする。

 だが、彼女は僕の前に立ちふさがる。


「どこへ行く」

「はい、一人で静かにお弁当を食べられる場所に……」

「ほう、一人ぼっちで弁当を、ねえ」

 黒マントはニヤリと笑った――気がした。


「ああ、自己紹介がまだだったな。私は『一人ぼっち撲滅委員会』のものだ」

「『一人ぼっち撲滅委員会』だって!?」

 一人ぼっち撲滅委員会。

 それは現生徒会が、少子高齢化の解決という壮大な目的を掲げ、作られた組織だ。


『子供が増えないのは、結婚しない人が増えたから。

 結婚しない人が増えたのはカップルが減ったから。

 カップルが減ったのは出会いが少ないから。

 ならば、作ろうじゃないか!

 男女の出会いを!

 我々の手で!』


 という控えめに言って、頭がおかしい理念によって作られた。

 そして、交際相手のいないものに、無理矢理相手を宛がうという常軌を逸した活動している。

 そしてこれに対する全校生徒の共通の認識は『出会ったら逃げろ』。


 僕は即座に後ろを振り返り、来た道を全速力で走る。

 もちろん廊下は走ってはいけないが、緊急事態なので許してもらうことにする。

 そして僕は陸上部だ。

 足の速さには自信がある。


「無駄だ」

 にもかかわらず、僕は捕まってしまった。

 後ろから引っ張られ、組み伏せられる。

 

 陸上部の僕より速いだと!?

 そんな人間居るわけ……

 まさか!

「お前、釘宮か!」

 釘宮鈴穂、同じ陸上部で僕より速い人間だ。

 男子より速い女子として、ちょっとした有名人だ。

 信じたくない事実だが、男子はともかく、女子で僕より早い奴はコイツしかいない。


「ご名答」

 勝ち誇りながら、黒マントは仮面を取る。

 予想とたがわず、釘宮の顔が現れた。

 こいつ、委員会の手先だったのか。

 全く知らなかった。


「くそ、何が目的だ」

「委員会の目的はご存じでしょう?『一人ぼっちより二人ぼっち。愛を求める人間に恋人を!』。あなたに恋人を用意しました」

「そんな事が許されると思っているのか!お互いの気持ちを無視したカップルが長続きするとでも!?」

「ご安心を。そこは配慮しています」

 釘宮は不敵に笑う。


「ふん、僕の事が好きな人間がいるとでも」

 言ってて少し悲しくなる。

「ええ、いますよ」

 だが釘宮は衝撃の事実を告げる。

 僕の事が好きな女の子がいる?

 少し期待しつつ、僕は思わず周囲を見渡す。

 だが悲しいかな、ここにいるのは僕と釘宮だけだった。


「どこにもいないじゃないか。男の純情をもてあそびやがって!重罪だぞ!」

 だが僕の文句にも、釘宮は動じた様子はいなかった。

「佐々木君。安心してください。ちゃんといます」

「ふん、どこにもいないじゃないか。ここにいるのは僕と釘――はっ」

 まさか!

「ふふ、やっと気づきましたか」

 釘宮は無表情だった顔を崩し、獰猛な笑みを浮かべる。

「はい、佐々木君が好きなのは私です」


 突然なされた愛の告白に頭が真っ白になる。

「え、いや、でも。こういうのはお互いを知ってから……」

 我ながら何を言っているのか分からないが、言い訳をする。

 だが――

「名案ですね。じっくり話し合うとしましょうか?」

「え?」

「私、そこの空き教室のカギを、たまたま持っているので、そこに行きましょう。

 ああ、お弁当を貴方のために作ってきています。

 それを食べながら、ゆっくりと話しましょう」

「ちょ、まって」

「ゆっくり、じっくり、話しましょう。空き教室で、二人きりで、ね」

 

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