夢が醒める前に 2024/03/20

 私の部屋で飲み会が行われていた。

 参加者は私と恋人の聡くんの二人。

 私から飲み会をしようと提案した。

 この飲み会の目的は二つ。


 一つ目は、聡くんに元気を出してもらうため。

 仕事がうまくいかず、怒られてしまったらしい。

 二つ目は、私たちの関係をもっと先に進める事。

 私たちが恋人となってから、もう一か月。

 私が臆病なせいで、なかなか進まなかったこの関係。

 お酒の力を借りて、彼に愛を伝える!

 今までの関係を終わらせ、新しい境地へ!


 そしてお酒はほどよく飲んだ。

 あとは言うだけ。

 聡くんに届け。

 私の熱い想い。



「私は王様だぞ。この紋所が目に入らぬか~」

「はい、はい」


 私の渾身のがギャグに受けなかったのか、聡くんは適当な相槌を打った。

 予想では笑い転げているはずなのだが、どうやら高度過ぎて伝わらなかったらしい。

 しかたない、次のギャグを考えるための燃料、もといお酒を飲む。


「純ちゃん、飲みすぎだよ。もうそれ以上はやめな」

「まだ飲むの~。聡くんが笑うまでやめない~」

 そう私には使命がある。

 聡くんを笑顔にしないといけないのに、未だ彼はずっとしかめっ面なのだ。

 


「純ちゃん、酒に強いって言ってたのに……

 ベロベロに酔ってるじゃん」

「なんてこと言うの~。私はシラフでーす」

「……酔っ払いはみんなそう言う」

 聡くんは酔っぱらっているのか、認識に異常がある。

 いや、逆に酒が足りないのかも!


「聡く~ん、お・さ・け、飲んでないでしょ。

 もっと飲もうZE」

「絡み癖もあるんだ……初めて知ったよ、ハハハ」

「!」

 聡くんが笑った!

 

「じゃあ、私、お酒飲むのやめるね~」

「ええ!?突然どうしたの?」

「聡くんが笑ってくれたから」

「全く意味が分からない」


 聡くんが笑顔になった。

 私はそのことで胸がいっぱいになる。

 笑ってくれたことで、この飲み会は半分成功した。

 目的はあと一つ。

 彼に愛を伝える。

 

「好き」

 お酒を飲んだからか、私の口から自然と愛の言葉がこぼれる。

「お酒が?」

 でも聡くんはニブチンなので、うまく伝わらなかったらしい。


「ううん、聡くんが好き。愛してる。世界中の誰よりも」

「う、うん」

 突然の愛の告白に、聡くんはドギマギしている。

 そして彼は姿勢を正し、私を見つめる。


「僕も純ちゃんの事が好き。世界中の誰よりも」

「嬉しい」

 聡くんが私の想いに応えてくれる。

 まるで夢のよう。

 彼は私にキスをしようと、顔を近づけてくる。


 だが彼の顔を見た時、胸に不快感を感じた。

 きっと夢から醒める前というのはこういう事を言うのだろう。

 幸せだった気分から、急速に私の中の冷静な部分が呼びこされる。

 ムリ。

 もう限界だ。

 私はすぐそこまで近づいていた彼を突き飛ばす。


 そして胸の不快感は、口の中にまで押し寄せて――



 🍺 🍺 🍺


「すいませんでした」

 私は彼に土下座して謝る。

「反省してるなら、お酒は控えてね」

「はい。すいませんでした」

「怒ってないから、顔を上げて」


 そう言いながら、彼は汚れ(オブラート)をタオルで拭きとっていた。

 あれだけ夢の中の様な幸福感に包まれていたのに、あっけない終わり……

 私の胸の不快感はきれいさっぱり無くなったが、代わりに後悔で胸がいっぱいだった。


 彼は怒っていないと言ったが、実際はどうなのだろう。

 まさか幻滅されたんじゃ……


「コレで綺麗になった、と。あとで洗濯機も回すことにして――」

 聡くんが急に私の方を向く。

「さっきの続けようか?」

 私たちの夢は、まだ醒めないらしい。

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