星が溢れる 2024/03/15

<前回のあらすじ>

 百合子は、大金持ちの沙都子の家に行くほど仲がいい。

 この日も百合子は家に遊びに行くのだが、ショーケースに入った宝石をうっかり壊してしまう。

 慌てて証拠隠滅を図るも、沙都子にあっけなく見つかり、百合子は絶望する。

 だが沙都子は、「これは百合子を釣る罠。宝石はイミテーション」とネタ晴らし。

 安心する百合子だったが、沙都子から壊したイミテーションの弁償を要求されるのであった。


<本文>


 高そうな車から降りて、辺りを見渡す。

 降り立った場所は料理店が立ち並ぶ何の変哲もないグルメ通り。

 だが他と違うことを、私は知っている。

 この前、この通りの特集をテレビでやっているのを見たのだ。


 この通りは星付きの料理店が立ち並んでおり、グルメ好きには有名な通りなのだ。

 あの店も星付き、その向こう側も星付き、目に入る店、みーんな星付きで、星が溢れかえっている。

 どの店も予約が半年先まで埋まっているほど大人気。

 そしてお値段も味相応のお高いもの。


 弁償するよりましと、ご飯を奢ることを提案したものの、これは予想外――いや本当は予想できたはずなのだ。

 だって沙都子はお嬢様。

 普通の庶民が来るような店には来るわけが無い。

 弁償額を聞いたとき、冷静さを失ったのが悪かったのだろう。

 なんやねん10万って。

 いたずらに使う金額じゃねーぞ。


「あのさ、もう今日は帰らない?」

 私は目の前の光景にしり込みしていた。

 今回の件は自分が前面的に悪いので、下手に出つつ沙都子の様子をうかがう。

「あら、珍しくしおらしいわね。いつもそうだったらモテるわよ」

「モテないみたいに言うな!じゃなくて、これ無理。私の今月のお小遣いどころか一年分あっても足りません」

 一品だけならなんとかなるかもしれないけど、それ以上は無理。

 沙都子は少食だけど、こういう料理って『量より質』ってやつなので、一品だけではすむまい。


「心配しなくても大丈夫よ。ちゃんとあなたの持ってるお金の事を考えているわ」

 え、マジで。

 沙都子、もしかして天使?

「あそこよ」

 沙都子が指を差したのは、通りを少し外れたところにある焼き肉チェーン店。

 星付きではないが、安くてうまい店である。

 私も行ったことがある庶民の味方である。


「あー、助かるっちゃ助かるけど。なんであの店?」

「一度やってみたかったのよ、『人の金で焼き肉を食べる』というのをね。こればっかりはお金積んでも食べられるものじゃないわ」

 なんだが急に庶民じみてきたお嬢様である。


「……別にいいけど、気持ちは分かるけど」

 妙に張り切る沙都子。

 そんなに他人の不幸が嬉しいか?

「一つ聞くけどさ。なんでこの通りのここの店なの?沙都子の家からなら、もっと近い店あったよね。チェーン店だし」

 なんなら車の中から見た記憶もある。

「それは、星付きの店を見て、あなたが絶望する顔を見たかったからよ」

 こ、こいつ悪魔か。

 さすがに一言文句を言おうとしたが、沙都子は我先にと焼き肉屋に入っていく。


 あらかじめ予約をしていたのか、店員に促されるまま席に案内される。

 席に座って渡されたのは、食べ放題用のメニュー。

 私の懐事情に配慮したというのは嘘ではないらしい。


「さーて、食べまくりますわよ」

 沙都子は今まで見たことがないくらいテンションを高くして肉を注文する。

 そして運ばれてくる肉の皿。

 これ食べきれるのか?


 さすがにストップをかけようと、沙都子の方を見て――そして言うのをやめた。

 沙都子の顔が期待でとんでもなく輝いていた。

 特に目が輝いていて、目の中に星が溢れてる。


 その様子を見て私は覚悟を決める。

 いいだろう。

 ここまで来たら付き合ってやるのも悪くない。

 馬鹿みたいに食べるのも、焼き肉の醍醐味の一つだ。

 どんどん焼いて、焼いた側から食べていく。

 そして案の定食べすぎ吐きそうになりながらも、車に乗って家に帰るのだった。


 後日談。

 そして、沙都子は『人の金で食べる焼き肉』がたいそう気に入ったのか、私が何か物を壊す度に肉を奢らされることになった。

 減っていくお小遣いもそうだが、少しずつ横に大きくなる沙都子をどう扱ったらいいいのか。

 私の悩みは尽きないのだった。

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