安らかな瞳 2024/03/14

 <読まなくてもいい何話も前の前回のあらすじ>

 百合子は大金持ちの沙都子と友人同士である。

 高い頻度で百合子の内に遊びに行くほど仲がいい。


 だが沙都子からは家に来てほしくないと思われている。

 というのも百合子は家の物をよく壊し、一年前も一億円以上の雛人形を壊しているからだ。

 そんな沙都子の想いを知りながらも、それを無視して家に遊びに来る百合子。

 嫌がりつつも百合子を受け入れ、なんだかんだ仲良く遊ぶ二人だったが……



<本文>


 いつものように沙都子の部屋で、だべりながらゲームをしていたいつも通りの日常。

 対戦ゲームで沙都子に連敗を喫し、巻き返すために気合を入れようとした時の事である。

 無限に差し出されるジュースを飲み過ぎたのか、無性にトイレに行きたくなった。


「沙都子、ちょっとタイム」

「どうしたの、百合子。降参かしら?」

「違う。ちょっとトイレ行ってくるわ」

「トイレの場所分かる?」

「大丈夫、何回も行ったから覚えてる」

「いってらっしゃい」


 そういうと、沙都子は携帯ゲーム機を脇に置き、本を読み始めた。

 その姿はまさに真相の令嬢。

 いつも私に対してきつく当たる沙都子だが、こういうのをみるとやっぱりお嬢様なんだなと思う。


「どうしたの?」

 見つめ過ぎたのか、沙都子が不思議そうにこちらを見る。

「あー、なんでもない」

 私は深く追及されないよう、さっさと部屋を出る。

 さすがに『沙都子が綺麗だった』なんて恥ずかしくて言えるわけがない。


 部屋を出て右に進み、トイレの方にまっすぐ向かう。

 沙都子の家は、お金持ちだけあってかなり大きいので、住人でなければ簡単に迷子になるだろう。

 だが私は沙都子の家に何度も来ているので迷うことは無い。

 勝手知ったる他人の家である。


 トイレへの道を迷うことなくまっすぐ進んでいくと、見慣れないものが目に入った。

 近づいてみてみると、それは宝石が飾ってあるショーケースだった。

 昨日はなかったと思うので、新しく置かれたものなのだろう。

 それにしても家の中とはいえ、とくに警備の人間もいない。

 不用心ではないだろうか?


 とは言え、ここにこうして飾っているのだから見ていい物だろう。

 宝石の名前は『安らかな瞳』。

 ネームプレートにそう書かれている。


 ショーケースの中でキラキラ光るその宝石は非常に美しい。

 見ている間は安らかな気持ちになれる。

 きっとお値打ち者だろう。

 ずっと見ていられる。

 普段ふざけてばかりいる私だが、宝石は大好きなのだ。


 そしてふと思った。

 正直、魔がさしたとしか言えなかった。

 誰も見ていないし、一度くらい触ってもいいんじゃないかと。

 そしてもとに戻せばバレないだろう、と。


 周囲を確認してから、透明なショーケースを持ち上げる。

 アニメの様に警報音が鳴ることもないことに安心する。

 そして宝石を手に取り、触り心地を堪能する。

 ふーむ、これが宝石と言うのもか。

 なんか特別触り心地がいいかもとも思ったが、別にそんなこともなく、普通のイミテーションとの違いもよく分からん。


 ちょっと期待外れだなと思いつつ、宝石を戻そうとして手が滑った。

「あ」

 という間に、宝石は地面に落下、粉々に砕けちった。


「……」

 今までの人生を走馬灯のように思い出しながら、ある一つの結論を導き出す。

「よし、見なかったことにしよう」


 ショーケースを元あった場所に戻し、証拠隠滅を図る。

 宝石以外は元通りに戻し、何も起こっていない風に見せかける。

 最初から宝石なんて無かったし、私も宝石を触ったりなんかしてない。

 あとは何事もなかったかのようにトイレに行き、沙都子のいる部屋に戻ってミッションコンプリートだ。


「あら、百合子。そんなの所で何しているの?」

 驚いて振り向くと、離れたところで沙都子と執事のセバスチャンが立っていた。

 馬鹿な、部屋にいるはずでは!?

「ななななんとなく。そそそそそっちこそ、なんで」

「私もお花を摘みに来たのよ」

 なんてタイミングの悪い。


 なんとか誤魔化さないと怒られ――

「あ」

 気づけば沙都子は私の隣に立って、ショーケースを覗いていた。

 終わった。

 なんとか許してもらえるよう言い訳を、いやすぐばれるから謝罪して――


「やっぱり引っ掛かったわね、あなた」

「へ?」

 沙都子の予想外の一言に頭が真っ白になる。

「セバスチャン、私の勝ちね」

「自信があったのですが……」

 なにやら場違いな会話が聞こえる。


「これ、偽物。イミテーションよ」

「いみてーしょん?」

 沙都子の言った言葉を反芻するように繰り返す。


「私セバスチャンと賭けをしたのよ。ここに宝石を置いていれば間違いなく壊すって」

「まさか、本当に手を出されるとは……百合子様の事は、沙都子様のほうがご存じのようですね」

「当然よ。伊達に長い付き合いではないわ。百合子は物を壊す天才なのよ」

 目の前で沙都子が誇らしげに胸を張っていた。

 

 めちゃくちゃ言われているが、自分が悪いので言い返すことができない。

 それにしても、沙都子も意外とイタズラ好きなんだなと、場違いな事を考える。

 こんなイタズラを仕掛けるとは……

 お嬢様ではなく、年頃の女の子のような沙都子の一面を見て、なんとなく嬉しく思う私なのであった。


「そうそう、そのイミテーションは弁償してね。安心して、安物だから」

「ウス」

 さらば、今月のお小遣い

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