たまには 2024/03/05

「たまには別の場所を通って帰ろう」

 卒業式の帰り道、隣で歩いていた彼が言った。

 突然の提案に、思わあず彼の方を向く。

 家が近所なので、付き合い始めてからずっと一緒に帰っている。

 けれど、そんなことを言われたのは初めてだった。


 もしかしたら彼にも思うことがあるのかもしれない。

 なぜなら、こうやって一緒に帰るのも最後なのだ。

 私たちは中学校を卒業し、四月から別々の高校に進学する。


 だからなのだろうか、彼は見たことのない顔で私を見つめている。

 不思議に思いつつも、私はコクリと頷く。

 それを見た彼は私の手を取り、いつもと違う道に入る。

 彼の大胆な行動に驚きつつも、素直についていく。

 いつもはは通学路から見るだけの脇道。

 緊張しながらも、彼と二人で入っていく。


 脇道に入って、急に雰囲気が変わり少し驚く。

 さっきまでいた道より狭く、どこか暗さを感じる。

 営業中かどうか分からない個人店やかすれた標識を見て、まるで異国に来たかのような錯覚に陥る。

 それでも不安にならないのは、きっと彼が手を握ってくれてるから。


「ここ」

 しばらく歩いた先で、彼は公園の前で立ち止まる。

「連れてきたかった場所」

 彼が指さしたほうを見ると、そこには見事な赤い梅が咲き誇っていた。


「きれい」

 心の中の言葉がそのまま口をついて出る。

「君に見せたくて」

「ありがとう、嬉しい」

 彼の気遣いに心が嬉しくなる。

 

 公園の中で静かに立っている梅の木。

 いつからいるのか、大きくて立派な梅だ。

 それはもうすぐ春の訪れを知らせる、幸運の花。

 でもそれは私たちの別れを知らせる、不吉の花。


 今日で最後と言うことを思い出して、急に不安になる。

 彼はどう思っているのだろうか?

「四月から別の高校だね」

「そうだな」

 彼は素っ気なく言葉を返す。

「でも、引っ越すわけじゃ、ないし。すぐ、会えるし」

 少しつっかえながらも、彼の想いを伝えてくれる。

 別れる気が無い事に、心の底から安心する。

 私はそれが嬉しくて、顔がほころんでしまう。


 

「また見に来ようね」

「ああ」

 次に会う約束をする。

 もうこうして一緒に帰ることは無いのは寂しい。

 だけど、彼とはまた会えることが何よりも嬉しい。


 もしかしたら、新しい学校の準備で会えるのがずっと先になって、その時には梅の花が終わっているかもしれない。

 だけどそれでも構わない。

 花の無い花見だって、彼と一緒なら乙なものだ。

 

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