ひなまつり 2024/03/03

 私は友人の沙都子の家に遊びに来ていた。

「招待してくれてありがとう、沙都子」

 私は沙都子に挨拶をする。

「招待して無いわよ、百合子」

 沙都子は呆れなたような顔をして言い返す。


「あなた、いつもアポなしで来るわよね。連絡してっていつも言ってるでしょ」

「ごめんね」

 私は舌を出しながら謝る。

「反省してないでしょ、もう」

 沙都子は文句を言っているが、なんだかんだで追い返すような真似はしない。


「で、今日は何?」

「今日はひなまつり。

 立派なお雛様を飾っているんでしょ。見に来たよ」

 沙都子がこれ見よがしにため息をつく。

「嘘でしょ、新作のFF7が目当てのくせに」

「そんなことないよ。

 いや、それも目当てなんだけどさ、今日はお雛様がメインなの。

 お雛様、毎年楽しみにしてるんだからね」

「本当かしら?」

「でも見せる相手がいないと、つまんないでしょ?」

「まあ、それはそうなんだけど。

 仕方ないわね、セバスチャン」

「畏まりました。沙都子お嬢様」

 どこからともなく老齢の執事が現れる。

「ではこちらへ」

 そう言ってセバスチャンは私たちを案内してくれる。


 そう、沙都子の家は世界有数のお金持ちだ。

 本来なら私のような普通の家庭の子供とは関わり合いを持つことは無いだろう。

 でもそんなことを気にせずに遊んでくれる器の大きい友人だ。

 そんな期待に応えて、今日も遊びに来たのである。


 お雛さまの所に行くまでの間、沙都子とたわいもない話をしながら歩く。

 そしてしばらくしてある部屋の前で立ち止まった。

「この部屋よ」

 その言葉を合図にセバスチャンが、部屋の扉を開ける。

 沙都子に目で促されながら部屋に入ると、そこには大きなひな壇にきらびやかなひな人形がたくさん並べられていた。


「ほー。相変わらず見事なお雛様ですな。鑑定額はおいくら万円?」

「億は行くと言っておくわ」

「億……」

 ごくりと唾をのむ。

 億もあれば遊んで暮らせるなあ。

 そんなことを思いながらも、どこか違和感を感じる。

 去年見たひな人形と違うような……


「気のせいかもしれないけどさ、これ去年までのやつと違くない?」

「あら、気づいたの?そうよ新しく作ったの」

「じゃあさ、前のやつ頂戴」

 ダメもとでおねだりしてみる。

 ここに飾ってないということは、もしかしたら倉庫に仕舞っているのかもしれない

 たとえ気まぐれでもお雛様をもらうことが出来れば、メルカリで売って大もうけだ。

 メルカリで億を出せるやついるかは知らんけど。

 だが沙都子の答えは、私の予想に反したものだった。


「……やっぱり去年のこと覚えていないのね」

 私は予想外の答えに面食らう。

「えっ、去年何かあった?全く記憶にないんだけど」

「ひな祭りだからと言って、甘酒飲みまくって、酔っぱらって、暴れた」

「マジ?」

「マジ」

 沙都子が感情の無い能面のような顔で言い放つ。

 その顔怖いからやめて。


「ちなみに甘酒って、普通酔わないのよ」

「へ?じゃあ、なんで私は酔って――」

「その場の勢いで酔ってたわ」

 自分は刹那に生きる女だと自負していたが、そのせいで他人に迷惑をかけるとは……

 反省しよう。


「それで暴れて仕方が無いから、家の使用人を呼んで取り押さえようとしたわ。

 でもそれでも抑えきれないほど暴れてね。

 そのうち暴れ疲れたのかそのまま寝たから、使ってない部屋に放りこんだわ。

 それで、そのうち起きてそのまま帰ったわ」

「あーそういえば気がついたら床で寝てたわ。でも、いくら何でも床に直って扱い雑過ぎない?」

「寛大なほうよ。お雛様壊したんだから」

「記憶にありませんが、謹んでお詫び申し上げます」

 私は即座に土下座の姿勢に移行する。


「ウチの親、億のお金が払えるほど稼いでないんです。なにとぞ弁償はご勘弁を」

「あなたみたいな貧乏家庭に払えるわけないでしょ。諦めているわ」

「ありがとうございます。その代わりになんでもします」

「ん?今『なんでも』って言った?」

 背筋に嫌なものを感じ、言い直す。

「出来る範囲でなんでもやります」


 私の言葉に沙都子は満面の笑みを浮かべる。

「そう、ちょうど良かったわ。実は私、服のデザイナー目指しているの。

 百合子、あなたモデルになってくれない?」

 提案の形を取ってはいるが、有無を言わせない迫力に思わずたじろぐ。

 いつの間か沙都子の横には、メイド立っていた。

 メイドの手には、私がこれまでの人生で着たことが無いような、かわいらしい服だった。

 そしてセバスチャンの手には、お高そうなカメラが……


「沙都子、そんなフリフリのついた服、私には似合わないからやめよう、ね?」

「大丈夫。恥ずかしいのは最初だけ。それとも弁償のほうにする?

 さあ、立って。」

「ううう」

 私に選択の余地はなく、おずおずと立ち上がる。


「私に任せなさい。

 お雛様なんて霞むぐらい、綺麗にしてあげるんだから」

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