0からの 2024/02/21


 俺は学校の体育館裏にあるベンチに座っていた。

 幼馴染の千尋から『相談したいことがある』と言われ、ここで待っているように言われたからだ。

 そしてその幼馴染と言うのは女の子である。

 普通なら告白の呼び出しと思うのだろう。


 だが、俺たちはそういうのはない。

 付き合いが長いゆえに、こんな場所に呼び出されても告白ではないと確信できる。

 こんな人が滅多に来ないような場所での相談事をするのは、よほど他の人間に聞かれたくないと見える。

 そんな重要な相談事をしてくれることに、俺は少しだけ誇らしく思う。

 気を引き締めねばなるまい。


 そんな俺の決意とは裏腹に、彼女はまだ来ていない。

 すでに元々の待ち合わせの時間を30分すぎてる。

 『用事が出来たから少し遅れる』というメッセージが来たきり、全く音沙汰がない。

 何かあったのだろうか?

 様子を見に行くべきか?

 そんな事を考えていると、ようやく千尋はやってきた。


「たっくん、お待たせ」

 彼女は悪びれずに隣に座る。

 ちなみに『たっくん』とは俺の事だ。

「全くだ。なんの用事だよ?」

 すると千尋は表情を曇らせた

 あれ、もしかしてプライベートな事だったか?

「いや、答えたくないなら別に――」

「たっくん焦らすためだよ」

「なんて!?」

 聞き間違えたかな。

「焦らすためだよ」

「聞き間違いじゃなかった……」

 前から変なことをする奴だと思っていたが、やっぱりイタズラだったのか。


「からかうなら帰るぞ」

「待って待って。こういうことをしたのも相談に関係あるの」

「焦らすことが?」

「うん」

 俺は立ち上がろうとしていたのをやめて、そのまま腰を下ろす。

 千尋はよく変な事をするが、嘘をつくような奴ではない。

 これも必要なことだと言うなら信じよう。


「それで、相談って?」

「単刀直入に言いましょう。ずばり恋愛相談です」

「……まじかよ」

 恋愛相談か。面倒な相談来たなあ。

「マジです。こんなの相談できるの君しかいないんだよ。

 こら面倒っていう顔をしない」

 付き合いが長いからか心を読まれてしまう。


「それで、誰に惚れたの?」

「詳しくは恥ずかしいから言えないんだけど、よくしゃべって仲のいい男子」

「……俺以外に仲良く話せる奴いたのか」

「ふふふ、たっくん嫉妬した?」

「いや、頑張ったんだなあって」

 俺は幼馴染の成長に感動した。

 コイツは俺以外には、緊張しまくりキョドリまくりで碌に他人とは話せないのだ。

 そんな彼女にも、今では他に話す相手がいるという。

 これを感動せずに、何を感動すると言うのか!


「ちょっと待って。泣くほど感激するなんて失礼だぞ!

 普段私を何だと思っているんだ!」

「言ったら今度はお前が泣き始めるから言わない」

「どんだけ失礼なんだよ!」

 俺のボケに、勢いよく突っ込みを入れてくる。

 やっぱ面白いわコイツ。


「それで、そいつからはどう思われてんの?」

「多分だけど異性とは思われてない」

「じゃあ、勝算0じゃん」

「うるさいなあ。だからあんたをココに呼んだんだ。

 見せてやるよ、0からの逆転劇をなあ」

「0なら無理だ。諦めろ」

 反論してくと思いきや、彼女はニヤリと笑う。


「ふふふ、最終兵器があるのさ」

「じゃあ、相談必要ないじゃん」

「うん、それでちゃんと秘密兵器が効くか確かめたくって」

「ああ、感想をくれって事ね」

 「そういうこと」といって、彼女は俺の手を握った。

「どう?」

 千尋がこちらを上目遣いで聞いてくる。

「どうって?」

「だから女の子に手を握られて、ドキドキしない?って聞いてるの」

「ああ!」

 なるほどね。これが最終兵器と言うやつか。

「おう、いいと思うぞ。俺はともかく、他の男ならイチコロだな」

 千尋は口下手だが、見た目は可愛い。

 コレで落ちない男などいないだろう。

 だが俺が褒めたにもかかわらず、千尋は不機嫌な顔になった。


「な、なんで、たっくんはドキドキしないのかな?」

「子供の頃、散々手を繋いだだろ」

「幼稚園の時の話でしょ!

 くそう、こうなったら秘密兵器だ!」

 『まだ秘密兵器出してなかったのか』とぼんやり思っていると、千尋は急に顔を近づける。

 「待て」と言おうとして、しかし言うことが出来なかった。

 千尋が俺にキスをしてきて、俺の口をふさいだのだ。

 思いもしなかった展開に俺は、頭の中が真っ白になる。


 そしてどれだけ時間がたったのか、千尋が体を離す。

「ふん、ざまあみろ」

 千尋が呆けた俺を見て、言い捨てる。

「待て、千尋。まさか好きな奴って言うのは……」

「そうだよ。たっくんが好きなの」

 馬鹿な。そんな素振りなかっただろ。

「『馬鹿な。そんな素振りなかっただろ』みたいな顔するな!

 私、結構アピールしてるからな!」

 千尋のあまりの気迫にたじろいでしまう。

「でもいい。コレでたっくんも私の事異性として意識してくれるでしょ」

「それは……」

 キスまでされて、ただの幼馴染と見ることは出来ない。

 これからは仲の良い幼馴染としてはいられないだろう。


「言ったでしょ。0からの逆転劇見せてやるって」


 そう言う彼女は恥ずかしさのあまり顔が真っ赤で、それでもやり遂げた彼女は堂々としていて、そして夕日をバックに俺を見下ろす彼女。

 俺はそれを見て、少しだけ、ほんの少しだけだけど綺麗だと思ったのだった。

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