同情 2024/02/20

 ここは『同情道場』。

 他人の気持ちを推し量るための訓練を行うところ。

 そして俺はこの『同情道場』の師範として働いている。

 もちろん仕事は、門下生の『他人の気持ちを推し量る能力』を引き上げることである。


 政府が『他人の気持ちが分からない人が増えている』と言って、こういった道場を建てることを推進した。

 ネーミングセンスこそ酷いが、そこそこニーズはあったりする。

 というのもここに来るのは大半が子供で、『この子は他人の気持ちも考えずにひどい事ばかり言う』と言って親に連れてこられる


 だが俺に言わせれば、それも仕方のない事。

 いわゆる思春期と言うやつで、他人の気持ちが分かりすぎて処理しきれないのが原因だ。

 だから、こんなところに来ずにしっかりと話し合うことが必要だと思っている。

 だが俺には口が裂けても言えない。

 俺だって生活が懸かっている。

 子供は気づいているが、親は気づく気配がない。

 逆に親のほうが、ここで訓練に励むべきではないのか。

 絶対認めないだろうけど。


 そう言った経緯があるので、門下生もそこまで真面目に訓練しているわけではない。

 俺の方も特に何も言っていない。

 する必要のない訓練を無理矢理させられている子供たちに同情しているからである。

 門下生も親がいない所でノビノビして、俺も金がもらえる。

 Win-Winの関係である。


 だがそんな中でも数人だが真面目に訓練に取り組む子供がいる。

 気になるあの子の気持ちが知りたいというヤツだ。

 そんなに便利なものではないけれど、やる気がある事自体はいい事なので黙っている。

 他がスマホを触っている中で、真面目に訓練しているのは二人。

 一人は男の子で、もう一人は女の子、幼馴染と言うやつだ。

 この子たちに関しては、男のほうにだけは訓練が必要だと思っている。

 この男の子はほかに漏れず親に連れてこられたクチだ。

 もう一人の女の子の方は、男の子がこの道場にきたと聞いてやってきた珍しい子供である。

 言わなくても分かると思うが、女の子の片思いと言うやつだ。


 けっこうハッキリとしたアピールをしているのだが、男の子のほうは気づかない。

 お前はいつの時代の鈍感系主人公なのか。

 好意を寄せられていることに気づかないなんて、もはや悪ですらある。


 俺は女の子の気持ちに気づかせるため、男の子の訓練を熱心に行っているが、全く成果がない。

 ここまで他人の気持ちに気付けないなんて、師範をやって数年経つが、ここまで鈍いのは初めてだ。

 すでに半ば諦めているが、女の子のほうは諦めるつもりは毛頭ないらしい。


 この子の気持ちが伝わるのはいつになるのか……

 本当に同情するよ。

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