バレンタイン 2024/02/14

「父さん!」

「どうした佳代。そんなに慌てて……」

 リビングでくつろいでいた父さんは、驚きながら私を見る。


「学生時代に父さんの作る手作りチョコがおいしすぎて、クラスメイトの女子から『バレンタイン用のチョコ制作禁止令』を出されたことがあるって本当?」

「……母さんから聞いたのか。

 いかにも、学生の時バレンタインチョコを作ることを禁じられた。

 女子より目立つなという理由でな。

 そして今も母さんから禁じられている」

「なるほど。通りでお菓子作りが好きな父さんが、バレンタインチョコを作らないはずだ」

 私は長年の疑問が一つ解決した。

 だが本題はそこじゃない。


「父さん、そのエピソードを見込んでお願いがある」

「バレンタインか……」

「そうだ。気になる人がいる。

 父さんにお願いするのは癪だが、作り方を伝授してもらいたい」

「くっ。佳代が男になびくのは許しがたいが……

 愛する娘の頼みだ。いいだろう」

 父さんはにっこりと微笑む。


「教える前に一つ聞かなければいけないことがある。

 チョコをあげたい人は仲がいいのか?」

 父さんに痛いところを突かれる。

 だがこれからのためにも正直に答えねばなるまい

「学校の部活の先輩で、会話はあんまりしてなくて……

 顔を合わせた時に挨拶するくらいで……

 で、でも私はあの人に愛を伝えたいんだ!」

「なるほど。はらわたが煮えくりそうだが、事情は分かった。

 そうなると問題点が二つある」

「問題点?」

 まさかの指摘に頭が急激に冷めてくる。


「まず一つ目。

 愛を伝えるには佳代のお菓子作りの腕では足りない可能性がある。

 だがこちらはそこまで問題ではない。

 練習すればいいだけだ」

「うん、頑張る」

「二つ目、こちらは深刻だ。

 受け取ってもらえない可能性がある」

「!?」

 受け取ってもらえないだって。

 盲点だった。

 確かにあまり親しくない人からチョコをもらっても困るだけ。

 こんなことに気づかないほど浮かれていたのか。


「だが、そこに関して父さんにいいアイディアがある」

「いいアイディア?」

 かなり致命的な問題のようだが打開策なんてあるのか?


「さっき、佳代は練習すると言っただろう。

 その練習の過程で作ったものを渡す」

「え?でもチョコは受け取ってもらえな――はっ」

 その手がったか!

「気づいたか。

 確かに『バレンタインチョコ』は受け取ってもらえないかもしれない。

 だが『普通のチョコ』は?

 よほど嫌われてない限り、受け取ってもらえるだろう」

 私は父さんのアイディアをじっくり頭の中で消化していく。

 そして、それにも問題点があることに気づく。


「いい案だと思うけど……

 いきなりチョコ渡したら不審に思われない?」

「そこも考えてある。

 個人に渡せば不自然だが、部活のメンバー全員に渡せば自然だ。

 バレンタインの練習だといえば、勘ぐる人間がいても指摘まではされないだろう。

 そして普段からチョコをあげる程度の仲になれば、バレンタインチョコも受け取ってもらえる、という寸法だ」

 完璧だ。

 完璧な作戦だった。


「分かった。それで行く」

「後はお菓子作りの修行だな。

 厳しくするが、ついてこれるか?」

「当たり前、完璧なチョコを作る」


 こうして私は父さんからチョコを作り方を教えてもらう。

 厳しい修行だったがなんとかなった。

 愛ゆえに。

 そして、その過程で作ったチョコも、先輩に食べてもらうことに成功した。


 そしてバレンタイン当日。

「佳代。チョコは持ったか?」

「もちろん。このパーフェクトなチョコでメロメロだよ」

「ならいい。じゃあによろしくな」

「うん」


 そう、今日私は彼氏にチョコを渡す。

 なんと驚くべきことに、先輩はバレンタインを待たず私の彼氏になった。

 私がチョコをあげることで、先輩は私を意識するようになったらしい。

 それで数日前、先輩から呼び出され告白、晴れて恋人同士となった。


 このことを父さんに報告すると、

「『男は胃袋で掴む』っていうだろ」

 と言われた。

 どうやらすべて作戦通りらしい。

 私の父親ながら恐ろしい人である。


「あ、そうだ。コレ」

 そう言って父さんに小包を渡す。

 小包を見た父さんは驚いて固まってしまった。

「お礼。じゃ、行ってきます」

 父さんの返事を待たず、家を出る。


 フフフ、父さんビックリしてた。

 父さんにばれないよう、友達の家で作ったバレンタインチョコである。

 ベタだけど効果てきめんだった。

 効果てきめんだからベタなのか?

 先輩への愛の百分の一もないけど、まあ世話になったからサービスくらいせんとな。


 それはともかく。

 私は先輩の待つ学校へと歩き出す。

 私が愛情をたっぷり込めたこのチョコで、きっと私の愛が伝わるはず。

 待っててください、先輩!

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