待ってて 2024/02/13

「少し待ってて」

 そう言われて待つこと、二十分。

 妻はいまだに帰ってくる気配がない。

 私の我慢はそろそろ限界だ。

 トイレに行きたくてたまらない。

 早く帰ってきて欲しい。

 どうしてこうなったのだろうか。

 話は一時間前にさかのぼる。


 私はこの度、妻の買い物の荷物持ちとして、近所のスーパーへやってきた。

 なんでも『このスーパーで近年まれにみるすごいセール行われる』という情報を得た妻は、私を荷物持ちとして連れてきたのだ。

 普段家事を任せっきりなので、これくらいお安い御用とばかり了承した。

 だが妻に言わせれば、結局のところマアマアぐらいのセールだったらしい。


 とはいえセールはセールなのでたくさんの物品を買い込み、私は荷物持ちとして過不足なく運用された。

 そして車の後部座席に荷物を山の様に積んでいく。

 積み終わった後、さすがに買いすぎではなかろうかと、物思いにふけっている時に妻は言った。

「買い忘れたものがあったわ。少し待ってて」

「分かった」

 たしかそのような会話だったと思う。


 特に考えもなく受け入れたのだが、それが間違いだった。

 よく女性は買い物が長いと言うが、妻はそれに輪をかけて長いということを忘れていた。

 そして、もう二十分も待たされている。


 もう二月とはいえ、まだまだ寒い季節である。

 燃料代節約のため、エンジンもかけず寒い車内で待っている。

 こうして寒い車内で待たされるのはクるものがある。

 するとどうなるか?

 トイレが近くなる。

 つまり漏れそう。


 何度もトイレに行こうと思ったのだが、入れ違いになり妻を待たせてしまうかもしれないので、トイレに行けずにいた。

 妻は人を待たすのは好きだが、待たされるのは大嫌いな人間なのだ。

 だから、怒らせるくらいなら、少しくらい待てばいいかと思っていた。

 買い忘れを買うだけなら時間はかからないはずだから。

 だが妻は帰ってこない。

 いつまで待てばいいのか?


「待ってて」

 妻の言葉が頭の中で反芻される。

 なんだか妻が帰ってこないような気がしてきた。

 縁起でもない。

 たかだか買い物帰ってくるに決まっている

 だが頭を振るも、その疑念までは振り払えない。


 こうなれば心を無にしよう。

 そうすれば、気が付いたときには妻は帰ってきているはずだ。

 無、無、無、無、無。

 駄目だ、トイレ行きたい。


 私は一瞬の逡巡の後、車から降りることを決意する。

 妻からは文句は言われるだろうが、漏らすよりましだ。

 そう決意し、降りようとしたところでスマホが震える。

 電話すればよかったのかと思いながらスマホを見ると、L○NEでメッセージが来ていた。

『タイムセールがもう少しで始まるので、もう少し待ってて』


 妻には悪いがもう待てない。

 私は車を降りる。 

 私は十分待った。

 あとは尿意がトイレまで待ってくれるだけ。

 私は祈りながら、トイレに向かうのだった。

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