海の底 2024/01/20

「あ、リクちゃんきた」

 朝登校すると、友人のウミがあたしのもとに走り寄ってくる。

 何かあったのか?


「ウミはね、分かってない事がたくさんあるんだよ」

「突然何?

 あんたの何が分かってないって?

 不思議ちゃんキャラに転向したか?」

「違うよ。ウミじゃなくって、海、青い海の事」

 ああ、そっちか。紛らわしい。


「昨日、深海のテーマにしたドキュメンタリーを見たの」

「……昨日そんなのやってた?」

「撮りためた奴だよ」

「なるほど」

 すごいな、撮ったやつ見てるんだ。

 あたしは録画したら、それで満足して見ていないのに……


「とくに深海魚は全然分かってないの。

 人類はまだ深い海の底には気軽に行けないからね」

「ふーん」

 深海魚ね。

 やたらグロテスクなイメージしかない。

 解明されなくてもいいのでは?


「だから週末、捕まえに行こうよ。

 新種見つけて有名になろう」

 ウミがとんでもないことを言い出した。


「なんでだ。

 深海に行けるわけないだろ。

 さっき人類が気軽に行けないって言ったじゃん。

 あと魚には興味ない」

 そう言うと、ウミは『ええ』と意外そうな声を上げる。


「ロマンだよ」

「だからこそ興味が無い」

 ロマンで腹は膨れぬ。


「じゃあ何に興味あるのさ」

「そうだね。同じ深海なら、海の底に沈んだ船のお宝に興味がある」

「それもロマンじゃん」

「売り払えば金になる」

「夢が無い」

 ウミはがっかりしたようだったが、それが現実だ。

 好きな人には悪いけど。


「そんなに魚好きだったっけ、あんた。

 番組が面白かったの?」

「うん、それもあるんだけどさあ」

 彼女にしては珍しく言葉を濁す。


「あー、言いにくいなら別に」

「大丈夫。言い方を考えてただけだから」

「そっか」

 言い方考えるほどの事か……

 恐いな、今から何聞かされるんだろう。

 

「えっとね。出てきた深海魚、おいしそうだなって思って」

「は?」

「焼き魚とか、刺身で食べられるのかなとか、

「は?」

 予想以上だった。

 普通、深海魚見て食べたいと思うか?

 あたしは無い。

 だってグロイから。


「話してたらお腹減ったな。

 寿司食べるか」

「え?」

 そう言って、ウミは教室の後ろのロッカーから、保冷ボックスを持ってくる。

 あたしの前でボックスが開けられると、閉じ込められた冷気が頬を撫でる。

 見れば寿司のパックとともに、保冷材がぎっしり入っている。


「昨日番組見てから、寿司が食べたくなっちゃって。

 お昼に食べようと思ってもって来たの。

 食べる?

 たくさんあるから大丈夫だよ」


 そう言って寿司のパックを差し出されたあたしは、無言でそれを受け取る。

 ダイエットのため朝食を抜いた成長期の体は、目の前の寿司を食べたいと訴え、勝手に体が動き始める。


 自分の意志に反し動く手を見つめながら、ウミのことについて考えていた。

 彼女との付き合いは結構長く、ウミの事なら何でも知っていると思っていた。

 でもそれは勘違いだったらしい。

 ウミの底は計り知れない。

 寿司を頬張りながら、そう思うのだった。

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