美しい 2024/01/16

 この学校には『美しさの代名詞』といわれる美女が二人いる。


 一人目は大和 撫子。

 彼女は学校どころか、アイドルグループにいてもおかしくないほどの美人だと自負している。


 腰まで長い、毛先まで手入れされた艶のある黒髪。

 睫毛も長く、慈しみに満ちた黒い瞳。

 小ぶりだが血色のよい唇。

 控えめに笑うさまは、周囲に花が咲くと形容されることもある。

 まさに美しさの代名詞だ。


 だが彼女の美しさは外側にとどまらない。

 部活にも精を出し、学業にも手を抜かない。

 才色兼備、文武両道といった完璧超人なのだが、本人は面倒見がよく世話焼きなので、誰からも好かれている。

 その人柄に惹かれ、生徒の約半数がファンクラブ会員であるという情報もある。

 外も中身も美しく輝く彼女に、男女問わず誰もが憧れているのだ


 だがそんな彼女にも上がいると言われる。

 それが二人目の美人、ブラックホール先輩である。

 もちろん本名ではなく、誰かがつけたあだ名である。


 彼女は一見すると存在感が薄く、常に景色に同化しているため気づかれないことも多い。

 友人もおらず、彼女についての情報はほとんどない。

 ただ一つ、彼女は美しいということ以外は。


 彼女は背中を丸く丸めていて、いつもおどおどしている。

 前髪を長く伸ばし、目元が隠れていて、およそ美人とは言い難い。

 それどころか、その場の空気を悪くするほどである。


 そんな彼女に生徒の間でまことしやかに囁かれる一つの噂がある。

 前髪に隠された素顔を見たら帰ることはできない、という噂が……。


 行方不明になったわけではない。

 ただ体がここにあっても魂が戻ってこない、いわゆる心ここにあらずという意味である。

 日常生活は送れても、ずっと彼女の事ばかりを考えているのだ。

 彼らの魂は彼女の物にあり、永久に彼女にとらわれたままなのだ。

 ブラックホールのように……


 もちろん、そんな噂はふつう信じない。

 だが真相を確かめようとした生徒たちが、例外なく帰ってこなかったのだ。


 そして魂を奪われた生徒たちは口をそろえてこう言うのだ。

 大和さんが霞むほど美しい。

 そこに究極の美がある、と。


 そこまで言われれば、誰もが興味を持つ。

 だが、近づくことは無い。

 誰も囚われになりたくないのだ。

 当然である。


 この話の教訓は何かって?

 それはね、昔の人の言葉で『美しさは罪』というのがあるけど、罪に対して罰を受けるのは本人とは限らない、っていうこと。


 おや、今日も一人、彼女に会うためにやってきたね。

 罰を受けるために……


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