どうして 2024/01/14

「どうして……」

 私は目の前の黒い物体を前にして、思わず口から言葉が出る。

 どうしてこんなことに……


 いや、分かっている。

 私が悪いのだ。

 私が目を離してしまったから。

 目を離してはいけないと知っていたのに……


 私は目の前にある黒い物体――肉じゃがだったものを見つめる。

 二人の息子たちが、大好きな肉じゃが。

 今日は特別な日ではないけれど、リクエストされたので張り切って作った肉じゃが。

 でも今はただの炭の塊だ。


 肉じゃがに限らず、火を使っている時にその場を離れてはいけない。

 基本だ。

 だけど、テレビから堂本君の結婚というパワーワードが聞こえたら、ニュースを見ない選択肢は無かった。

 そのまま肉じゃがのことを忘れてしまい、しばらくして焦げた臭いがし始めたが後の祭り。

 気づけば、肉じゃがは炭となっていた。


 私は目の前の炭になったになった肉じゃがを見下ろす。

 もうこれは食べられないだろう。

 どれだけ見つめても、炭は肉じゃがにはならないのだ。

 諦めるよりほかにない。


 だが新しく料理を作るための材料が無い。

 また買いに行ってくるにしても、すぐに息子たちは帰ってきてしまう。

 野球の練習を頑張って、お腹を空かせた子供たちが。


 どうすればいい?

 私は自問する。

 解決方法は一つあるが、デメリットが大きい。

 可能ならば取りたくない、最後の手段だ。

 他に方法は無いのか?


 思考を加速させるが、何も思いつかない。

 時間だけが無常に過ぎていく。

 どれほど悩んだだろうか、玄関から物音する。

 子供たちが帰ってきたのだ。

 取りたくなかったが、最後の手段を使うしかない。


 子供たちを玄関で出迎え、今日の予定を告げる。

「今日は外食だよ。シャワーを浴びて汗を流しておいで」

 予定外の出費だが、これ以外に方法は無い。

 下の子は何も疑わず、そのまま風呂場に向かう。


 だが、上の子は何かに感づいたのか、私の顔をじっと見ていた。

「外食なんて珍しい。どうして?」

 『君のような勘のいいガキは嫌いだよ』という言葉が喉まで出かかる。

 危ねえ。

 愛する子供に『嫌い』など口が裂けても言えぬ。


 私は全力で誤魔化すことにした。

「さあ?どうしてだろうね」


 

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