第7話
「銃を捨てて手を挙げろ! さもなくば、この女を殺すッ!!」
「…………」
「早くしねェか!!」
今にも引き金を引きかねないような剣幕で、モリスはアッシュを恫喝する。
アッシュは肩をすくめると、手にした銃を地面に放り投げて両手を上に掲げた。そのまま、一歩、二歩と後ろに下がる。
「クク、物わかりがよくて助かるぜ」
「ハ……ハハハハハッ! でかしたぜ、モリス!!」
窮地から脱したボギーが、勝ち誇った笑みを浮かべた。手にした大口径の銃口をアッシュへ向け、声高に嘲笑する。
「たかが小娘一人のために銃を捨てるとはな。伝説の賞金稼ぎだか何だか知らねえが、とんだ甘ちゃんだぜ!!」
「離して! 離してくださいっ!!」
「このガキ……大人しくしてろッ!!」
拘束から逃れようと必死でもがくイリーナの頬を、モリスが力任せに平手で打った。頭から地面に突っ伏したイリーナは毅然と顔をあげ、自分の身を省みずにアッシュに向かって叫ぶ。
「アッシュさん、わたしに構わず撃ってくださいっ!!」
「こいつ、いい加減に……!!」
モリスに頭を押さえつけられながら言葉を続ける。
「もうわたしには、父さんも母さんもいない!! わたしが死んで悲しんでくれるような人達は、みんな、みんな、どこかへ行ってしまったわ!!」
顔を腫らし、激しく感情を吐露するイリーナの瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「だから……撃ってください! こいつらを倒して、全部……全部、終わらせてくださいッ!!」
アッシュは笑みを浮かべながら、首を横に振る。
「悪いけど、それはできないよ」
「どうして!! アッシュさんの腕なら、あっという間にやっつけられるはずでしょう!?」
「それでも、君がいなくなったら意味がないんだ。イリーナ」
銃を向けられていることを気にも留めずに、アッシュはイリーナを真っ直ぐに見て穏やかに笑う。
「君は、あの二人の忘れ形見だからね。ここで見殺しになんてしたら、それこそ彼らに申し訳が立たない」
アッシュの言葉に、イリーナはハッと顔をあげる。
「父さんと、母さんの……」
「イリーナ。悲しむ人がいないなんて、そんな寂しいことを言うもんじゃないよ」
「でも……!」
「イリーナの周りには、ちゃんと君のことを気にかけてくれている人がいる。これから先、君のことを大切に想う人がきっと現れるだろう。だから、そんな風に自分を粗末にするのはやめて欲しい」
アッシュは目を閉じて問いかける。
「
風に乗って、小さく舌打ちする声が聞こえた。それから間髪入れることなく、遠巻きから一撃の銃声が鳴り響く。横合いから放たれた弾丸が鋭く風を切り裂き、モリスのこめかみを撃ち抜いた。煙をあげる拳銃を構えたダンが、こわばった緊張を解くように大きく息を吐いていた。
「ダンさん!!」
「て、てめェェェェェェッッッ!!」
ボギーが目を離した刹那の瞬間、アッシュが音もなく駆けだし、地面に転がった拳銃に手を伸ばした。動きに気づいたボギーが、迫りくるアッシュに銃口を向ける。大口径の黒い銃身と白銀の銃身が交差して、轟音とともに火勢をあげた。
大口径の銃弾に貫かれた帽子が、アッシュの背後に舞い落ちる。それと同時に、ボギーの巨体がよろめいて、その場にどう、と崩れ落ちた。
飛ばされた帽子を拾い上げると、イリーナに近づいて後ろ手に縛られた拘束を解いてやる。
「怪我はないかい、イリーナ?」
「は……はい」
大穴が空いてズタズタになった帽子を見つめ、アッシュはおどけたように苦笑いを浮かべた。
「はは……これは帽子もダメかな」
バツの悪そうな表情を浮かべながら、物陰に身を潜めていたダンが二人の元にやってきた。まるで親しい友人を迎えるように片手を上げるアッシュを、ダンは訝しげに睨みつける。
「やあ、ダン。助かったよ」
「……いつから気付いていやがった?」
「気付いてたってのは少し違うかな。けど、呼びかければ、きっと助けてくれるとは思っていたよ」
まるで最初から、ダンがいることを確信したような言い草だった。
「俺が臆病風に吹かれて逃げだしてたら、どうするつもりだったんだ」
「そこは大丈夫。俺はダンを信じていたからね」
「言ってる意味がわかんねぇよ。どういう頭の中してやがるんだ、お前」
「でも、実際に助けてくれただろ?」
「……本当に、気に食わないヤロウだよ、お前はな」
無邪気に笑いかけながら答えるアッシュに、ダンは憮然とした顔で毒づいた。
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