第6話
円形に広がる町の中心、目抜き通りの集まる広場の傍。切妻屋根で二階建ての保安官の家は、かつての見る影なく無残な姿に変わり果てていた。
木張りの塗装は剥がれ落ち、その象徴たる五連星の看板は、傍らに打ち捨てられている。娼婦達のあられもない嬌声と男達の哄笑が、辺りに下品な騒音を撒き散らしていた。
見張りに立つ男の一人が、大通りからやってくるアッシュの姿を認める。喧騒が次第に鳴りを潜め、中から思い思いの格好をしたならず者達が、まばらに姿を現し始める。アッシュが家に辿り着いた頃、その数は五十にも達そうとしていた。
「テメェがアッシュとかいうよそ者か。うちの部下が、ずいぶんと世話になったそうじゃねェか」
「そういうあんたがボギーか。イリーナは無事なんだろうね」
「ああ、無事だとも。もっともお前が、それを知る由はないがな」
ボギーが手を挙げると、部下達が一斉に銃を抜き、アッシュに狙いをつける。
「こんな所まで、ノコノコとやって来るバカがいるとはな。どういうつもりか知らんが、たった一人で俺達を相手にするつもりじゃねェだろうな?」
「さあね。やってみなきゃわからんさ」
「せめてもの情けだ。銃を抜くくらいの時間はくれてやる」
「そうかい。それじゃあ、お言葉に甘えて」
アッシュは腰のホルスターに収められた拳銃を抜く。見慣れないフォルムの、長身の銃。その色はまるで削りだされたばかりの白銀で、銃身には微細な傷ひとつ見当たらない。紫檀から作られた銃把には、精巧な天使の意匠が施されていた。
「こいつはお笑いだ! スカしたヤロウだとは思っていたが、銃まで軽薄ときやがった! そんな玩具みたいな銃で、俺達とやり合おうってのか!!」
ボギーにつられるように、取り巻きの男達が嘲笑の声をあげる。ひとしきり笑った後、ボギーは腰に吊るした大口径の拳銃を抜き放ち、部下に号令を下した。
「やっちまえ!!」
荒くれ達の持つ銃が一斉に火を噴いた。轟音とともに撃ち出される銃弾が、身を翻したアッシュのコートに殺到する。火薬が灼け、濃厚な硝煙の臭いが辺り一帯に充満した。
嵐のような銃声が鳴り止み、襤褸雑巾のように引き裂かれたダスターコートが地面に舞い落ちる。しかし、そこに肝心のアッシュの姿は見当たらなかった。
「やれやれ……。派手にやってくれたね。お気に入りの一張羅だったのに」
声がした方にはコートを脱ぎ捨て、ジャケットに身を包んだアッシュが無傷で立っていた。手にしたリボルバーの銃口から、白い煙がたなびいている。一刻遅れて、荒くれ者の何人かが地面へと倒れ伏した。
「な、何をしてやがる! とっととやっちまえ!!」
ボギーの怒号に我を取り戻した荒くれ者が、アッシュに向けて再び発砲した。
放たれた銃弾のことごとくを躱しながら、戦場と化した広場を疾駆する。弾倉を撃ち尽くすと、アッシュは物陰へと素早く滑り込み、ホルスターから薬莢が装填されたシリンダーを取りだした。撃ち終わったシリンダーを取り外し、瞬く間に交換すると再び戦場に躍り出る。
アッシュの腕前は圧倒的だった。白銀の銃が火を噴くごとに、放たれた銃弾は狙い違うことなく荒くれ達を撃ち抜いていく。ほんの数刻ほどの交戦で、ボギーの部下は既に半数まで減じていた。恐慌状態に陥った荒くれ達が、口々に悲鳴をあげる。
「な、なんなんだあいつは!?」
「話が違うぞ、どうなってやがる!!」
男達の一人が、震えた声で呟く。
「ちょっと待て……思い出したぞ。まさかあの男、“
「し……知ってるのかよ、ライデン」
「天使が刻まれた白い拳銃を持つ、凄腕の賞金稼ぎがいるってのを聞いたことがある……。なんでもそいつは、あの“紅の旅団”をたった一人で壊滅させたって話だ」
「“紅の旅団”……。北部最大の犯罪組織じゃねェか! どうしてそんなヤツがこんな所にいるんだ!!」
「そんなの、俺に聞かれたって知るかよ!」
気付けばあれだけ沢山いた荒くれの大半が、地面に這いつくばっていた。残された者達も、目の前で繰り広げられている光景に圧倒され戦意を喪失している。怒号をあげるボギーの制止を無視して、散り散りに逃げ去っていく者もいた。
「さて、そろそろ打ち止めかな?」
「バ……バカな……。あれだけの数を、たった一人でやりやがったってのか」
アッシュは銃を構えながら、ゆっくりと歩みを進めていく。部下の大半を失ったボギーは狼狽えながら、その視線に射竦められるようにじりじりと追い詰められていく。
「そこまでだ! 動くんじゃねェ!!」
張り上げた怒鳴り声に足を止め、声のする方にアッシュは振り向いた。そこには後ろ手に縛られたイリーナの襟首を引きずり、こめかみに銃を突きつけるモリスの姿があった。
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