第4話
威圧感に気圧され、よろめいたイリーナの身体をいつの間にか後ろに回っていたアッシュが受けとめた。あっけにとられる彼女の手から、拳銃をひょいと取りあげる。
「か、返してください!!」
「撃鉄は上がってないし、弾倉は空っぽ。こんな銃じゃ人は撃てやしないよ」
取りあげた銃を片手で弄びながら、アッシュはイリーナを後ろへ庇うようにして立ち塞がる。
「おいおい、
「悪いけど、今は食事中でね。うるさいから、少し静かにしてくれないかな?」
「んだと、テメェ……」
闖入者を威嚇するモリスの視線を物ともせず、アッシュは飄々とした態度で答えた。
「おい馬鹿、よせ!」
「なぜだい?」
鋭く警告を発するダンと対照的に、アッシュは緊張感のない声で問い返す。
「そいつはボギーの手下だ。手を出すんじゃねぇ」
「そういう事だ。命が惜しいなら、そこで黙って見てるんだな」
ダンの答えに、モリスは下卑た表情で笑う。
アッシュは小さく肩をすくめながら、モリスに再び向き直った。
「食事をごちそうになった恩もあるからね。放ってはおけないさ」
「余計なことに首を突っ込むなよ。長生きできねェぞ」
「ずいぶんと奥歯に物の挟まったような言い方をするね。具体的にどうするっていうのかな?」
「どうやら、本当に命がいらねェらしいな。だっ、たら……!?」」
モリスがホルスターに手を伸ばすよりも先に、その下顎に銃口が突きつけられていた。先ほどまでアッシュの手の中で弄ばれていた銃の撃鉄が起こされ、引き金に手がかけられている。その場にいる誰もが、動きの起こりを読みとることができなかった。
「抜かないのかい?」
「なッ……!」
「なに、そんなにビビることはないさ。さっきも言ったとおり、弾は入っていない」
アッシュの態度は依然として変わることがない。その口調にはいっそ、親しみさえこもっているようだ。ただ、静かな視線がモリスの目をじっと縫い止めている。
張りつめた空気の中で、引き金にゆっくりと力を込めていく。金属が擦れる、きりきりと軋むような音がやけに大きく聞こえる。
「や、やめ……」
限界まで撓められた
「ほら、何も出ない」
「…………」
アッシュはにっこりと笑みを浮かべながら言った。まるで本当に撃たれたかのような表情で、モリスは口をぱくぱくさせていた。青ざめた頬を、つうっと冷や汗が伝っていく。銃口を下ろすと弾けるように間合いを離し、憎々しげな表情でアッシュを睨みつけた。
「て、テメェ……。この町で俺達を敵に回したら、どういう目に遭うのか思い知らせてやる」
「そうかい。期待しておくよ」
モリスは「覚えとけよ」と捨て台詞を残すと、ほうほうの体で店を後にしていった。アッシュは肩をすくめると、事の行方を見守っていたイリーナに向き直り、片目をつぶる。
「すみません、その――」
「何てことしてくれやがったんだ! あんなことして、ボギーが黙ってねぇぞ!!」
カウンターに寄りかかりながら立ち上がったダンが、例を述べようとするイリーナの言葉を遮る。アッシュはきょとんとした顔で彼女に尋ねた。
「ボギーっていうのは?」
「……この町を支配している賞金首です。荒くれ者達を束ねて、この町で好き勝手に振る舞ってるわ」
「俺達はあいつを刺激しないよう、今までずっと我慢してきたんだ。その苦労を、全部無駄にしやがって!」
「ダンさん、やめて! アッシュさんはわたしを守ろうと……」
アッシュを庇おうとするイリーナを見て、ダンは苦々しげに顔を歪ませる。
「部下がやられたことを知れば、あいつは必ず報復に乗り出すだろう。そんなことになれば、この店も、俺達もひとたまりもねぇ」
「ダンさん……」
「流れ者のテメェからすれば、あのヤロウを追っ払っていい気分なのかもしれねェ。だがな、そのとばっちりを食らうのは俺達なんだ。それともお前は、そこまで面倒見てくれるってのかよ?」
詰め寄るダンに、アッシュは笑いながら答える。
「もちろん、このままにするつもりはないさ」
「この町のゴロツキどもを、全員敵に回すつもりか?」
「言ったろう。イリーナには命を助けてもらった恩があるって。心配しなくたって、きちんと責任は取るさ」
なんでもない風に答えるアッシュの様子に、ダンは疑わしげに目を細めるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます